久保憲司のロック・エンサイクロペディア

LSDとThe Whoの『トミー』 …LSD世代の哲学書の正体 [ロックの闘争(9)] (久保憲司)

 

前回から続く

昔『ロックの闘争』という電子書籍を出していたのですが、ネット上からなくなっているので、6回くらいに分けてここにもアップして行きたいと思います。昔読んだことあると思う人はすいません、でも、今読むとまた感覚も違うかもしれません、自分のロック史を語りながら、ロックがどのようにカウンター・カルチャーだったかということを書いた連載です。自分で言うのもなんでが、結構面白いと思います。


 

LSDと『トミー』

LSD時代、LSDとは何なのか、ヒッピーとは何なのかというのを明確に答えたアルバムはザ・フーの『トミー』だ。しかし、ピート・タウンゼンドはLSDみたいな幻覚剤には否定的だった。なぜ『トミー』の主人公が目、耳、口が不自由なのか、それはピート・タウンゼンドがLSDのような強い幻覚剤をやったとき、体が完全に動かなくなり、幽体離脱したような感覚に落ち入り、自分や世界が俯瞰で見えたときの恐怖感から来ていると言われている。最後の曲「俺達はしないよ(We’re not gonna take it)」は、まさにアシッドをやった時のメッセージだ。

 

Listening to you, I get the music
Gazing at you, I get the heat
Following you, I climb the mountain
I get excitement at your feet

Right behind you, I see the millions
On you, I see the glory
From you, I get opinion
From you, I get the story

 

このたった8行が、ウッドストックとは何なのか、フラワー・ムーブメントとは何だたのかを表している。LSDをやればどういうことか一発で分かるのだが、LSDをやってくれとは言えないので説明する。

 

君の話を聞くと、それは音楽になる
君を見つめると、熱くなる
君について、山も登った
そして、君の足下で興奮した

君の後ろに、何百万人もの君が見える
君の向こうに勝利が見える
君の考えが分かり
俺はすべてわかった

なんのこっちゃだが、LSDをやったらこういうことを思ってしまうのだ。

歌っていることを僕が説明すると、“僕たちはただの遺伝子の運搬者。僕たちの始まりは、その前の人たちの終わりで、僕たちの終わりは、その次の人の始まりでしかない。だから、勝ち負けなんかない。神も、地獄も、極楽もない。人生の意味は、マラソンのようなもの、バトンを受け取り、渡すだけ。延々と繋がってきた歴史、その流れを見渡せば光輝いている”みたいなことなんだと思う。

僕もLSDをやった時はこういうことを思った。それをピート・タウンゼンドは歌にしただけだ。僕は手塚治虫先生の『火の鳥』を読んでいたから、そういう妄想を得たのか。ピート・タウンゼントはインドの宗教家、ミーハー・ババに教えてもらっていたから、こういう妄想が生まれたのか。それはわからない。

フレーミング・リップスのアルバム『At War with the Mystics』は世界の平和を実現させるためにホワイトハウスの水道にLSDかエクスタシーを入れたら政治家達が化け物(Mystics)になり、それと戦うという物語。デビルマンみたいだ。

 

 

LSDは結局自分の内面を拡大するものなんで、根性が悪いやつが飲んだらもっと根性が悪くなり、バカが飲んだらもっとバカになるだけである。

でも、ほとんどの人がLSDをやると、仏教等が唱える輪廻転生みたいな幻覚を見るみたいだ。ヒッピーが絵を描くとすぐこういうものを描くよね。そういう話をどこかで聞いていて、トぶとそういう世界を見てしまうのか、それとも人間にはもともとそういう考えが生まれたときから染み付いているのか、知りたいものだ。

 ぶっとび映画として評価の高い『アルタード・ステーツ』も、同じようなことを考えている映画だと、僕は思う。『アルタード・ステーツ』というか、その題材のもとになったジョン・C・リリー(注.1)なんだけども。『アルタード・ステーツ』も、『トミー』の映画と同じケン・ラッセル監督。映画『トミー』は、レコードじゃ何を歌っているのかよくわからなかったものをケン・ラッセルが非常に分かり安く説明してくれている。

ジョン・C・リリーは、地球が生まれたときからの記憶を持つとされるイルカと喋ることによって、地球の太古の記憶を探ろうとした。「オッサン、何考えているの、アホちゃう」と言いたくなります。

なぜジョン・C・リリーが、イルカが太古の記憶を持っていると思ったか。これは僕の想像なんですけど、イルカの皮膚には珊瑚みたいな模様が出ているんですよ。今度水族館にいって確認してみてください。イルカが陸に上がると、皮膚にこの模様が見えるのだ。LSDをやったら、至るところに同じようなグニュグニュが見えるのだが、たぶん、ジョン・C・リリーはLSDをやってそれを見て、イルカは太古の記憶を持っていると思ったんじゃないかと思っている。

 もともとはLSDとかそういう幻覚剤なんか関係なかったはずなのに、それがLSDやケタミンをやってイルカと喋れるかもしれないと思う。人間がアイソレーション・タンク(注.2)に入って外部からの入力を完全に絶つと内面世界が増幅されて前世を見たり宇宙へ飛び出す体験ができるというような話を書いた『バイオコンピュータとLSD』(注.3)という報告書を政府へ提出する。ジョン・C・リリーって、頭がおかしいでしょう。

 でも僕は、ジョン・C・リリーは、テイモシー・リアリー(注.4)よりもちゃんとした研究者だったと思っている。

アイソレーション・タンクって、みなさん、何かとお思いだろうが、ただの液体の入ったタンクである。そのアイソレーション・タンクに入ったままLSDやケタミンを服用することによって地球暗号統制局(ECCO)と呼ばれる存在に遭遇したとジョン・C・リリーは主張しているのだが、ウイリアム・バロウズの妄想と一緒ですね。繋がりましたね。笑えますね。

うわっー、『トミー』の物語からえらい世界に行ってしまった。話を戻すと、『トミー』の物語というのは三重苦の少年がピンボールのチャンピオンになり、そして自我を壊すことによって、耳が聞こえ、しゃべれるようになり、目も見えるようになる。「スマッシュ・ザ・ミラー」のところですね。それを人々が、そんな奇跡を神のように崇めたてまつる。

 

 

そして、それが金になると思った少年の叔父は、少年の宗教をつくる。でも少年は、なぜ自分が奇跡を起せたのかわからない。どうしてみんなに奇跡を起させればいいのかもわからない。だから少年は、自分のように目も見えず口も聞けず耳も聞こえない状態で人々にピンボールをさせる。しかしそういう生活をしても、少年のような奇跡を起こせない民衆は、こんな教えはでたらめだと少年を縛り首にしようとする。そんな中、何を教えていいかわからない少年は、悟るのだ。本当は誰もが自分と同じようなはずだと。それがあの最後の8小節である。

ザ・フーのワイト島のライブでもこの曲をやると会場はすごい奇跡が起こったような興奮に包まれる。DVDで見てください(you tube 貼っておきました。4分くらいからです。)。ヒッピーたちが興奮した顔でこの曲を聞いて、目を輝かせていくのが異様です。時間は午前3時です。

トミーとはピート自身である。ピートが『トミー』で言いたかったのは、僕が推測するに、自分はロック・ミュージシャンとして成功した。それを人々は奇跡を起したかのように、思っているかもしれないけど、自分ではそれがどういう方法なのか、全くわからない。だから、俺に聞いてもらっても困る。

でも、きっとピートはLSDをやって、僕が先に書いたような事を思ったのだろう。自分たちはただの遺伝子の運びやでしかない、だから、みんな一緒だし、きっと誰もが奇跡を起せるんだ。ということだったのだと思う。

これが、2枚組なのに全世界で何百万枚も売り上げたLSD世代の哲学書の正体だ。

 

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