久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ニルヴァーナ『ブリーチ』 ・・・カート・コバーンの物語は、ロック、パンクを通過してきたものにはとってもよくわかる物語だ (久保憲司)

 

カート・コバーン、ニルヴァーナの話をする前にすこしニール・ヤングの話をまたすこし。僕がニール・ヤングを知りだした頃(79年)の彼は完全に狂っているとしか思えなかった。

 

 

この映像は94年のですが、ニール・ヤングがこの狂ったステージ・セットで初めてツアーをしたのが79年で、こういう映像や写真を見て「なんでこんなにアンプ、マイクがデカイねん。完全にアシッドで頭がおかしくなっているのか」と思っていた。その頃はアシッドをやったことがなかったので、なんだろうと思ってたんですが、マリファナやアシッドをやったら、このニール・ヤングのステージ・セットはそういうことだったのかと気づくわけです。映画なんかでも出てきますよね。物が大きくなったり、小さくなったりする映像、まさにそれをやったのです。不思議の国のアリス!今はこのセットをカッコいいな、これこそ、ロックだと思います。ロックの幻想。ニール・ヤングはこう語っています。

あれは、たしかリハーサル中に山のようなアンプを見て思いついたんだと思う。それはすごいガラクタの山だった。それこそステージの上ではどでかい山に見えるんじゃないかって思ったんだ。そしてこれは何かでカヴァー出来るんじゃないかって考えた……それをフェンダーの小さいアンプのカヴァーにすればいいと思いついたんだ。ところがあんなにでかくなっちゃって……とにかくそんなふうにはじまって、それがどんどん進んでああなっちゃった。何もコンセプトなんてないよ。たまたまそうなったんだ。

 

このニールが言っているのは、以下のドキュメタリーに出てくる掘建小屋のリハーサル・ルームそのままですね。2分くらいのところです。リハーサルなのか、録音しているのか全く分からないですけど、カッコいい!

 

 

 このツアーは、ジミ・ヘンの「スター・スパングルド・バナー(アメリカ国歌)」(ウッドストックで演奏されて、国歌をむちゃくちゃに弾いたと批判された曲ですね。やはりその頃もネトウヨみたいな奴らはいたんです)、とビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が大音量で流され始まった。そして、ローディーはスター・ウォーズのジャワズ(「ウーチィーニー」とか言いながらゴミを収集する人たちです)のカッコをして、ニール・ヤングにギターを渡したりします。キーボードは天井から降りてくるし、当時の外国の評論家からはこの大げさな演出は評判悪かった。なんせニールはヒッピーの神様ですからね。こんなスター・ウォーズごっこやらずに、静かに暗い顔をして、ギターを弾いているのが、当時の評論家の理想だったのでしょう。もちろんパンクだった僕もこの演出にケッて思ってました。DVDになっているのでよかったら見てください。

「ロック、本当はこんなこと歌っているんですよ」のニール・ヤング「マイ・マイ、ヘイ・ヘイ(アウト・オブ・ザ・ブルー)」でニール・ヤングはヒッピーの象徴として、パンクに嫌われていたと書きましたが、そんな人のことをカッコいいと歌いだしたのがグランジでした。

その始まりはダイナソーJR。ダイナソーJRをグランジって言っていいのか分からないですけど、ニール・ヤングのヘヴィなギターに、スィートなヴォーカルというスタイルに着目したのはダイナソーJRのJ・マスキスでした。彼は多分、もともとはバースディ・パーティーなどのアグレッシヴなゴス、パンクを好きだったんでしょう。昔の髪型を見るとバースディ・パーティー時代のニック・ケイブと同じ髪型で笑ってしまいます。そんなバンドをやりながらノイズの中にニール・ヤングと同じものを見つけていったのでしょう。それがよく表れているのが、キュアーをカヴァーした「ジャスト・ライク・ヘヴン」でした。

 

パンクはこんなことしたらいかんかったのですよ。パンクがカヴァーするとしたら、ディッキーズのブラック・サバス「パラノイド」ダムドのビートルズ「ヘルプ」のように原曲よりスピーディーにやるか、DEVOのストーンズのカヴァー「サティスファクション」のように原曲を破壊しないといけなかったのです。

なんで早くやるか、壊すかというと、それはパンク以前のロックの持っていたブルース、黒人くささものを排除するためです。早くやることによって、グルーヴを叩き壊す、ヒッピーくさいものをぶち壊すという背景があったのです。キュアーの下地にあるニール・ヤング的なもの、サイケデリックなもの、ロックなものをこんなに気持ちよくやったらいけなかったのです。

パンク、ポスト・パンクとはロックの快楽を否定する音楽じゃないといけなかったのです。ロックの快楽を、何も考えず、気持ちいいから、売れるから、女にモテるからと惰性のままやっていくのは、それはハード・ロック、ヘヴィ・メタルなのです。どんどん髪、髭を伸ばし、金髪にして、パーマーを当てて、デヴィッド・ボウイやボブ・ディランが自分の痛みから解放されるために白い粉を顔に塗ったのとは違った方法で、フェミニンにしてた方が、女性にモテるからという安易な方法で化粧をしていた者たちに、パンク、ポスト・パンクはずっと中指を立てていたはずなのに、ダイナソーJRはあっさりと気持ちいいからとやりだしたのです。いやダイナソーJRの頃はまだ気づいていなかった、これはソニック・ユースと同じ文脈(ノイズ)にあると思っていた。

これは何となく違うんじゃないかと思うようになるのは、ニルヴァーナなどのシアトルの後にグランジと呼ばれる周辺の登場を待つ必要があった。

 

でも確信的なのはこのニルヴァーナの曲「エアロ・ツェッペリン」でしょう。当時パンクの敵の代表と言ってもいいエアロスミスとレッド・ツェッペリンをくっ付けただけの曲名。ニルヴァーナはパンク以降誰もが言いたかった、「エアロスミス好きなんだよ」「ツェッペリン最高」という言葉、だけどパンクという思想に洗脳されて、言わなかったことを口に出したのだ。

 

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tags: Dinosaur Jr. Generation X Neil Young Nirvana

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