久保憲司のロック・エンサイクロペディア

レッド・ツェッペリンの「天国への階段」で「ロックンロール」は「ロック」になった (久保憲司)

 

レッド・ツェッペリンの「天国への階段」はスピリッツの「トーラス」の盗作だという裁判、一体どうなっているんだろうと思っていたら、ジミー・ペイジ勝訴してました。そりゃそうだ。あんな風にベースが下がっていく進行のフレーズ何億とあるわけで、あれで負けていたら、ビートルズの「ミッシェル」も「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」の盗作だと訴えられています。

 

 

僕がびっくりしたのは「天国への階段」のイントロはデヴィー・グラハムの「クライ・ミー・ア・リヴァー」なので、スピリッツの人もよく訴えたなと思ったら、遺産管理人が訴えてたんですね。当たり屋みたいな人なんでしょう。なんせ「天国への階段」が叩き出したお金って618億らしく、その1%取るだけでも6億ですもんね。イントロ部分だけやから10%頂戴、いや10%はあきませんな、1%認めましょうという裁判官の判決を期待したんでしょうか。ジミー・ペイジもこんな当たり屋に当たられてえらい迷惑でしょう。裁判所でちゃんと「問題のギターリフのコード進行は300年前から広く使われてきた一般的なもの」とちゃんと説明したみたい。そこにもう一言“そのコード進行に俺はメロディも付け足して弾いているだよ”と。あのリフの偉大さはここ何ですよ。ジミー本当アレンジするの天才。

 

 

でも、ジミー・ペイジが偉かったのはブチ切れて“ちゃうわ、「天国への階段」はデヴィー・グラハムの「クライ・ミー・ア・リヴァー」みたいなのやろうとしてたら、出来たんや”と叫びたかったでしょうね。話がややこしくなるのでグッと我慢したジミー・ペイジさん偉い。

でもロック史的にはブリティッシュ・トラッド、フォークがどれだけ重要かということを世に知らしめるためにもデヴィー・グラハムの「クライ・ミー・ア・リヴァー」をやっていたら、あんな曲に発展したのですと伝えて欲しかったと思うのは僕だけでしょうか。

レッド・ツェッペリンが何がすごいって、そうやってやっていたことをあそこまでのオーケストラレーションというかダイナミズムを感じさせることになることですよ。

ロバート・プラントもちゃんと裁判所に出席して、しかも「天国への階段」の作曲の裏話をしたらしい、これはちゃんとききたかった。ロバート・プラントはインタビューではあまりツェッペリン時代のことはしゃべらないんですけど、プライベートの場で会ってツェッペリンのことを聞くと全て包み隠さず話すらしいんですよね。あっ、こういう暴露話じゃなく、「天国への階段」はツェッペリンにとって一番大事な曲だからちゃんと説明しときたかったんでしょうね。なんせツェッペリン史上初めて歌詞がジャケットに印字された曲ですから。

それともやっぱもう一つの彼らを代表する曲「幻惑されて(原題  Dazed and Confused)」がジェイク・ホームズにインスパイアされてとされてしまっているからな。これは曲名も同じだし、歌詞も一緒だし、よくジミー・ペイジが「ロバートは歌詞を変えないからバレるんだよね」と言っていたけど、あんた曲名も変えてなかったですやん、と突っ込みを入れたくなります。これツェッペリン時代のアレンジ曲じゃなく、ヤードバーズ時代の曲ですからね。

 

 

原曲をダイナミズムにするのがツェッペリンの凄さといい続けてきた僕もこれはやっぱりアウトといいたくなります。

 

 

でもヤードバーズ時代の 「Dazed and Confused 」は原曲の歌詞の世界から成長してないと思うんですけど、ロバートが考えた出だしの歌詞は完璧です。

 

Been dazed and confused for so long it’s not true
Wanted a woman, never bargained for you
Lots of People talk and few of them know
Soul of a woman was created below .

You hurt and abused tellin’ all of your lies
Run around sweet baby, Lord how they Hypnotize ……

 

訳さなくってもいいでしょう。言葉の感触だけですごいというのが分かる。ジェイク・ホームズ、ヤードバーズの歌詞もいいんですけど、この2曲はただの失恋の歌にしか聴こえない。しかし、ロバートの歌詞はブルースの決めフレーズをちりばめながら、出だしの“長いこと混乱しているんだ”というフレーズがあのヒッピー時代、アフター・ヒッピーの混沌を見事にいい表している。そして、ロバートのシャウトが全てを表現している。ロバートの声、メッセージがジミー・ペイジの壮大なサイケデリック、混乱、狂気なサウンド・プロダクションに見事に応えているのだ。ジミー・ペイジがヤードバーズでやっていたことがマスターピースと呼ぶに相応しい作品として完成したのだ。これは俺たちの曲だと自慢したい気持ちは分かる。EからGに上がって、半音づつ下がってくるリフはジミー・ペイジが言うところのよくあるリフでしかない。

でも、クリーム時代のエリック・クラプトンはロバート・ジョンソンの「クロスロード」をツェッペリンと同じように(というか先に)、拡大再生してたわけですけど、ちゃんとロバート・ジョンソンの曲と明記していた。この曲もツェッペリンがやったように、オリジナルとは見分けがつかないハードでファンキー、スリリングな作品になっている。もちろん、ロバート・ジョンソンの曲は1930年代の人には僕らが聴いいてるようなハードでエッジーなダンス・ナンバーとして感じていたことだろう。

先駆者へのリスペクトの違いということなんでしょうけど。難しいところです。

 

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