久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ブルース・スプリングスティーン『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』  「俺嘘つきなんだよね」と自己紹介した男の物語は、すべての人の物語なのです。でも走り続けるしかない

 

ブルース・スプリングスティーンが自伝「ボーン・トゥ・ラン」で自身の鬱を告白したというのを読んで、そりゃあんな4時間近いライブを毎日してたら鬱になるよなと思っていました。

80年代のブルース・スプリングスティーンのライブを観るということは教会に行って洗礼し、神に会うような儀式でした。あの興奮は一体なんだったんだろうと、今も時々思い出します。今も3時間強のライブをしているそうで、どうなってんだと思います。

80年代アメリカのロックの王様とはブルース・スプリングスティーンでした。隠居していたパティ・スミスがMC5のフレッド・スミスと何年間も仕事もせずに子供を養いながらモーテル生活をしながら食えていたのはブルース・スプリングティーンと共作した「ビコーズ・ザ・ナイト」がスプリングスティーンの10年間に及ぶライブの集大成『THE “Live”1975-1985』という5枚組のLPボックス・セット(現在はCDだと3枚組、もちろんストリーミングでも聴けます)に入っていたからだそうです。ブルース・スプリングスティーンがどれだけ凄かったを教えてくれる逸話ですね。たった一曲で一つの家族を養ったんですから。

「ビコーズ・ザ・ナイト」という名曲はブルース・スプリングスティーンがパンク的な要素が欲しくって、パティ・スミスに書いた曲だと思ってたのですが、スプリングスティーンのエンジニアとして名前を挙げたジミー・アイビーンが、パティ・スミスの『イースター』をプロデュースする時に、完成してもない曲をパティに無理やり聴かせ、彼女もスプリングスティーンの曲なんか歌いたくないと思っていたのですが、ある晩、ツアーに出ていた夫に成るフレッド・スミスからの電話を待っている寂しさを歌に仕上げた。

 

私を連れて、私はここにいる
近くに来て、そして私を分かって

夜は恋人たちのためにある
夜は欲望のためにある
夜を信じることが出来れば、私は大丈夫

夜は私たちのためにある。

「ビコーズ・ザ・ナイト」

 

最高のラブ・ソングですな。しかし、ブルースが歌うラブ・ソングではないです。

じゃブルースはどんなことを歌って来たのか、『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』で告白してくれてます。計236回行われたブルース・スプリングスティーンの一人芝居、途中奥さんが2曲デュエットしに出て来ますが、ギター一本、ピアノだけで自分を語って行くのです。これを見たとき、自分の鬱に向き合っているんだなと思いました。

 

 

「僕の歌は全部作り話しだったんだよ」という出だしの告白、えっー全部バラしてしまうのと叫んでしまいました。

1972年俺はレースカーに乗る不良でも、街角のパンクでもなく、アズベリー・パークのギター弾きだった。生まれつきのスターじゃない。若い時は10年間飲み屋でバンドをしていた。一緒にいた音楽仲間は俺の演奏も魔法も理解していた。今夜はここで人生の証を提供しよう。完全には理解し難い、特に最近は。それが俺の魔法だ。他の魔法と同様、まずはお膳立てを

と彼のデビュー・アルバム『アズベリー・パークからの挨拶』の「グローイング・アップ」のギター・アルペジオが始まる。アルバムのアレンジだとクリスマスが降ってくるようなサウンドだったが、チープなエレアコな音が鳴り響く、でもそれがいいのです。

 

 

続きを読む

(残り 1455文字/全文: 2899文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

tags: Bruce Springsteen Patti Smith

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ