久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ポップ・グループ『For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?』 ・・・G・クリントンはストレートに政治発言をするなと言ったけど、子供達はそうすることが出来ない

 

KLF『ホワイト・ルーム』では、アーティストの曲がNO1に成る方法を解説したのですが、メンバーのビル・ドラモンドがなぜNO1に成りたかったかご存知でしょうか?

彼はズー・レコードというレーベルをやっていて、ティアドロップ・エクスプローズとエコー・アンド・ザ・バニーメンというイギリスを代表するバンドをリリースしていたのですが、彼の目標は同時刻にエコー・アンド・ザ・バニーメンをアイスランド、ティアドロップ・エクスプローズをパプアニューギニアでライブやらせ、自分はリバプールのマシュー・ストリートのマンホールに立てば、宇宙のエネルギーを浴びて……、本当に立ったそうですが、何も起こらず、彼はバスに乗って帰ったのです。この時ティアドロップ・エクスプローズは解散していて、パプアニューギニアでライブをやれなかったのですが、もしパプアニューギニアでライブをやれていたら、本当に宇宙のエネルギーがマシュー・ストリートのマンホールの上に立つビル・ドラモンドの上に降り注ぎビルは宇宙の王となったのです。そんなアホな。

僕はこの時のエコー・アンド・ザ・バニーメンのイギリス・ツアーに全部ついて回っていました。さすがにアイスランドまではいなかったのですが、まさかこのツアーがレイライン(古代の遺跡には直線的に並ぶよう建造されたものがあるという仮説のなかで、その遺跡群が描く直線をさす。レイラインが提唱されているケースには古代イギリスの巨石遺跡群などがある。レイラインの存在は1921年イギリス人のアマチュア考古学者アルフレッド・ワトキンスによって提唱され、その著書『The Old Straight Track』によって遺跡の直線的配置性が世間一般の注意を引きつけることとなった)に沿って組まれていたと後で知って、呆れてしまいました。

ビル・ドラモンドのせいで人生を無駄にした感じがします。彼はレイ・ラインの出発点はアイスランドで、その最終地点がパプアニューギニアだと思っていたのです。

なんでパプアニューギニアやねん、ということはあとで書きますが、レイライン(そんなのないんですけど)の出発点がアイスランドなのは不思議な所だからです。もう一度そんなアホな。理由になってないでしょう。僕も一度行ったことがあるんですけど、確かに不思議です。なんかパワーがあるような気がします。でも、それは阿蘇山の麓とかと一緒の理由だと思うんです。寒い所なのに、火山の地熱で下の方がポカポカと暖かい感じがするからというだけのような気がします。こんな意味のない理由でアイスランドでライブをさせられ、3枚目のアルバム『ポーキュパイン』のジャケットを撮らされ、エコー・アンド・ザ・バニーメンは踏んだり蹴ったりです。

このビル・ドラモンドが唱えたアイスランドはパワー・スポット、神秘主義の聖地という説を本当に信じた人がいました。キリング・ジョークのジャズ・コールマンです。彼は何年もアイスランドに住んでました。キリング・ジョークを第二のレッド・ツェッペリンと信じていた神秘主義者ジミー・ペイジと同じく、本当に厄介です。

パプアニューギニアでライブをやらされそうになっていたティアドロップ・エクスプローズのジュリアン・コープはレイラインの大家でイギリスの巨石文化に関するガイド本「The Modern Antiquarian: A Pre-Millennial Odyssey Through Megalithic Britain (新しい古物研究:イギリス巨石文化から観るキリスト教前の千年王国史)」 を出しております。レイラインなんかないですから、と言いつつ将来この本を持ってイギリスを旅するのが僕の夢です。レディオヘッドのトム・ヨークも老後の楽しみはこれらしいですね。みんな騙されている。

パプア・ニューギニアかと思っていたら、はたと気づきました。水木しげる、諸星大二郎の世界を超えたポップ・グループのデビュー・アルバム『Y』の異様な民族衣装の人たちはパプア・ニューギニアの人たちだったなと。

 

 

なぜパプア・ニューギニアかというとそれは西洋社会が侵略出来なかった場所なのだ。というかアイスランドに生まれた巨石文化の人たちは(ビル・ドラモンドの妄想ですよ)、キリスト教の人たちに迫害されどんどんと端に端に追いやられていった。そして、全てを征服したようなキリスト教、西洋社会の人たちが侵略出来なかった場所として、パプア・ニューギニアはあるのだ。パプア・ニューギニア周辺が侵略されなかったのはマラリアのおかげなんですけどね。でもあの頃、パプア・ニューギニアはまさにアンチ西洋社会の主張だったのだ。水木しげる、諸星大二郎、映画『地獄の黙示録』もそういうことです。ポップ・グループのデビュー・アルバム『Y』『フォー・ハウ・マッチ・ロンガー・ドゥ・ウィ・トレレイト・マス・マーダー?』はそういうアルバムです。

そして特に『フォー・ハウ・マッチ・ロンガー・ドゥ・ウィ・トレレイト・マス・マーダー? (我々はどれだけ大量殺戮に我慢できるのか?)』は暴力的なファンクというのがあるんだということを教えてくれたアルバムでした。スピーカーの振動が伝わるかのようなベースが凄まじかった。スピーカーのジリジリとした音が肌に感じられました。それはスピーカーに頭を突っ込んだような音でした。

 

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tags: Echo and the Bunnymen George Clinton KLF N.W.A Teardrop Explodes The Pop Group

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