久保憲司のロック・エンサイクロペディア

プロディジー『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』・・・プロディジーに対する風当たりは強かった。キース・フリントはきっと孤独だったんでしょう [世界のロック記憶遺産100]

 

プロディジーの偉大なるフロントマン、キース・フリント、亡くなる二日前は公園を地域の人と5キロ走るパークランを楽しみ、自己ベストを更新したのに、その突然の死が悲しい。

自殺の原因は、別居中だったモデル、DJの日本人の奥さんと復縁がどうも上手くいかなかったからみたいです。

キースと言えばあんなルックスですが、近所の人たちと公園を仲良く走るパークランや地元のパブを経営してたことからも地域の人たちと仲良くやっていこうという気持ちが伺えます。

彼の趣味と言えばガーデニングだったのです。そういえば元オアシスのリアム・ギャラガーも一時ガーディナーになるとガーディニングの学校に行ってましたけど、それはキースの影響だったのかな?プロディジーのリアム・ハウレットとリアム・ギャラガーの奥さんは姉妹なので、繋がりがあったので、キースがリアムにガーデニングを教えたのかもしれませんね。キースと日本人の奥さんの結婚式にリアム・ギャラガーももちろん出席していました。

でも奥さんとの別居の理由にドラッグの話も出て来ているみたいなので、ステージではあんなのだけど、私生活では大人しいというような人ではないのかもしれません。

元セックス・ピストルズのジョン・ライドンがこう答えていました「キースは俺の友達だったから。俺は悲しい。(奥さんはきっと彼のことを愛してただろ)でも誰も彼のことを気にしちゃいなかった。彼は(この音楽業界で)ただ一人で、ぶっ壊れちまったんだ。なぜこの業界ではみんな一人なんだ。俺のとこに相談しに来い、俺はジョニー・ロットンだぜ」「なんでこの頃はみんな助け合わないんだ、助けあおうぜ」「助けがいる奴は俺のとこに来い、死ぬ必要なんかないんだ」というコメントを出しています。

ジョン・ライドンもセックス・ピストルズを辞めた時、デヴィッド・ボウイとルー・リードから「こうしろ、ああしろ」と色々言われて、「お前ら、うるせいんだよ」とその席を離れ、近くにいたイギー・ポップのところに行って、「お前はあいつらみたいにグダグダ言わねえだろ」と席を移ったこともありました。ジョン・ライドンはグダグダ言う先輩も、グダグダ言わない先輩も好きだったんでしょう。そう言う奴らが俺の周りにはいたけど、今はいなくなったなと言うことを嘆いているのです。

多分、キースの死の原因を一番説明しているコメントです。フジロックの初ヘッドライナーで、客席におりて来て、お客さんとこに突進した時の彼のあの空虚な目が僕は忘れられないです。普通はお客さんを楽しませよう、盛り上げよう、怖がらせようとか、分かりやすい感じでみなさん来るんですが、あの時のキースは何を考えているのか全く分からなく、これは危ないと写真を撮るの止め、横に逃げました。逃げてなかったら絶対ぶつかっていたと思います。

 

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tags: Keith Flint The Prodigy

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