久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ジョイ・ディヴィジョン『アンノン・プレジャーズ』・・・「神様なんかに裁かれたくない」。生でもない死でもない世界、つまり煉獄という世界を歌ってきたジョイ・ディヴィジョン

 

今もジョイ・ディヴィジョンのファースト・アルバム『アンノン・プレジャーズ』のジャケットのTシャツを着た人を見かけます。バンドが一体どんなことを歌っていたのか、『アンノン・プレジャーズ』の全曲解説をやってみたいと思います。

『アンノン・プレジャーズ』のジャケットは恒星(太陽みたいな星)が消滅する時に起こすスーパーノヴァ(超新星)によって生まれる中性子星(パルサー)の波形を用いられています。ほとんどの人は何の波形か分かっていないと思うのですが、なぜかそのジャケットがプリントされたTシャツを着ているのです。

少しだけ重さが足りなくってブラックホールになりきれなかった恒星のパルス(電磁波みたいなものか)をジャケットにするなんて、生でもない死でもない世界を歌ってきたジョイ・ディヴィジョンらしいジャケットです。

生でもない死でもない世界を歌ってきたジョイ・ディヴィジョン!?そんなこと歌っていたのとびっくりする人もいるかもしれないけど、パルサーの波形の画像を見つけてきて、「これジャケットに使えばいいんじゃない」と言ったのはギターリストのバーナード・サムナーなのです。彼はちゃんとジョイ・ディヴィジョンのヴォーカルのイアン・カーチスがどういうことを歌っているのか理解していた。当たり前か。

生でもない死でもない世界って何やという声が聞こえてきそうだが、キリスト教の世界では煉獄という世界です。

煉獄とはウィキによると「神の恵みと神との親しい交わりとを保ったまま死んで、永遠の救いは保証されているものの、天国の喜びにあずかるために必要な聖性を得るように浄化(清め)の苦しみを受ける人々の状態」とある。ジョイ・ディヴィジョンの歌そのままじゃないですか。

要するに天国でも地獄でもない世界、ずっと囚われた世界。パンクが天国に行くとかおかしいので、俺は煉獄にいるよという思想はよくわかります。善でも悪でもない、俺は俺の世界にいるよという意思です。神様なんかに裁かれたくない、俺が天国に行くか地獄に行くかというのは自分で決めるよということなんでしょう。

宮崎駿の『風立ちぬ』だと、ラストで主人公が奥さんと会うところが煉獄です。奥さんは煉獄にいて、主人公に「生きて」と言って、ここに来ちゃだめだよというメッセージを発するのです。主人公は零戦を作ってたくさんの人の死に関わったから煉獄に行かないとだめなんですけど、奥さんに「生きて」と言われて生き延びるわけです。戦争犯罪もしていない奥さんがなぜ煉獄にいるかというと、それは主人公を独占しようとした業が彼女を煉獄にとどめているのです。

ウイリアム・バロウズでいうとインターゾーンです。インターゾーンとは超警察国家アクネシア(ソ連)と自由な国フリーランド(アメリカ)の間にある都市です。

ドアーズのジム・モリソンでいうとジム・モリソンの詩の朗読に音楽がつけられたアルバム『アメリカン・プレイヤー』の「ダウンズ・ハイウェイ」での“子供の頃、家族と砂漠に向かっている時、ハイウェイでインディアンの労働者を乗せたトラックが事故を起こしているのを見た。たくさんのインディアンの死体が転がっていた。インディアンの魂がその上を飛び交っているような気がした。僕は初めて恐怖を感じた。その内の一人か二人の魂が、俺のピュアだった心に入ったのだ”というジム・モリスンを象徴する出来事をイアン・カーチスは引き継ごうと思ったのです。いやジム・モリソンが大好きだったイアン・カーチスにも都市を彷徨うゴーストが憑依していたのでしょう。

こういう背景が『アンノン・プレジャーズ』にはあるのです。

 

1.「ディスオーダー」

と言いつつ『アンノン・プレジャー』の一曲目は不倫の歌です。パンク、ポスト・パンクのバンドが不倫の歌というのもびっくりするかもしれませんが、ヴェルベッド・アンダーグラウンドの死ぬほど美しい曲「ペイル・ブルー・アイズ」がそうなんですから、別に不思議なことではないでしょう。二人の愛する女性、奥さんのデボラとベルギーのクレプスキュール・レーベルのアニックとの間でどうしていいか分からず一人立ちすくんでいるのも、生と死の間の煉獄にいるみたいなものでしょう。

 

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