久保憲司のロック・エンサイクロペディア

セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』全曲解説(前編) ・・・パンクの思想の元になっているのはフランスの状況主義という思想

 

ギャング・オブ・フォーの『エンターテイメント』の全曲解説をやったので、このアルバムに一番影響を与えたであろうセックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』の全曲解説をやります。

現在の音楽、ヤング・カルチャーに、今も一番影響を与えているアルバムです。音楽というより思想、アティチュードの基本になっているものです。

邦題はジャン・リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』と同じタイトルで、ピストルズにヌーヴェルヴァーグの代表作の名前をつけるなんて、彼らの本質がよく分かっておられる。

今は、パンク=ガサツでうるさい、頭悪そうというイメージがあるかもしれませんが、実はパンクってフレンチなエスプリの効いた存在なんです。エスプリとは知性、才気、ウィットがあるという意味です。

なぜフランスぽいかというと、パンクの思想の元になっているのはフランスの状況主義という思想だからです。ジョニー・ロットンの「ロックは死んだ」という発言も、状況主義を作ったギー・ドゥボールの「映画は死んだ」のパクりです。ジョン・ライドンが後にアルバムを映画のフィルム缶に入れて発売したのは、ギー・ドゥボールの「フィルムはない、映画は死んだ」に影響されていたんだと思います。

「アナーキー・イン・ザ・UK」の歌詞はギー・ドゥボールの革命の手引書『スペクタルの社会』を読んでいるかのようです。

ポップ・ミュージックがフランスの5月革命の引き金となった方法論を歌にしているなんて凄すぎるでしょう。今だとネトウヨが「テロリストの歌だ」と騒ぐような曲です。実際メンバーは右翼なのかヤカラなのか分からない奴らに襲われています。右翼が「アナーキー・イン・ザ・UK」の歌詞を分かると思わないので、多分TVで卑猥な言葉を言ったのが気に食わなくって襲ったのだと思います。保守的でキリスト教が好きな連中が不快に思ったのでしょう。でも当時「アナーキー・イン・ザ・UK」を聴いたイギリスの若者たちは「俺たちのために歌ってくれる奴が出てきた」と思ったそうです。僕も今聴いてその感覚は分かります。今も、若者のために歌ってくれているな、引きこもり、どんだけ頑張って仕事をしても手取り15万の人たちに歌ってくれているなという気分になります。

68年に起こった5月革命に話を戻します。5月革命と言っても、半分くらいの人は5月危機と言うくらいで、学生の暴動くらいと思っているわけです。でも最後に起こった革命というのは68年が最後だったわけです。

それからずっと革命なんか起こっていないのです。アラブの春、雨傘運動(その流れとしての現在の香港)、そして日本でのあの官邸前などなど一連の動き、全部一歩手前で終わり、もしくはブラジルなどのように体制というか保守(というか新自由主義者、緊縮財政、軍政の再評価、親米外交)に利用されてしまう。

世界革命まで頑張るべきだったんじゃないかという気になります。こういう世の中なのです。そういう時代に生きているのです。こういう世の中なのですが、エヴァンゲリオン風に言うと「逃げちゃだめだ」なのです。

戦わないと。どう戦っていくか、パンクって今も有効だと僕は思うのです。

そのパンクの元になった、パリ5月革命の思想の元になった状況主義とはどういう戦略をとるかということを書きます。このアルバムもまさにその通りによって作られているんです。特にジャケットは。どういうことか要約します。

マスメディアが発達すると資本主義の形態は情報消費社会へと以降し、生活のすべてが情報の中でしか存在しなくるなる状況となる(だから状況主義と言うのです)、この状況をスペクタルの社会と呼んだのです。こんな世の中をぶち壊すためには、このアルバム・ジャケットのようにメディアに発表されたものを再利用(バラバラ)して戦うという戦略なのです。「アナーキー・イン・ザ・UK」でもそのことが歌われています。曲の解説の時に解説しますね。

GAFA(グーグル、アマゾン、フェィスブック、アップル)という大企業にインターネットの情報を牛耳られた僕らの世界を予言したかのようでしょう。ギー・ドゥボールがすごいのは、スペクタルの社会では(僕らの世界ではってことですね)、中心となるのは受動的な消費生活をおくる「観客」となるから(全て終わった世代ですからね)、搾取の場は仕事場から日常生活となり、戦いは労働と生産から余興と消費をめぐる闘争となるだろうと、予見していたのです。

まさに今ですよね。こんな世の中では反体制なこともパッケージされた商品でしかない、パンクもそうなってしまったわけです。

はっきり言いますと、このアルバムが出た時にはこのアルバムはそんな感じだったのです。僕の興味はワイヤーとかギャング・オブ・フォーに移ってしまっていて、ポスト・パンク(パンクの次)に移っていたわけです。ギャング・オブ・フォーなんかピストルズが首を切られたレーベルからアルバムを出したわけで、ギャング・オブ・フォーの方がすごくないと思っていたわけです。

でも今聞き直すとやっぱりいいんですよ。一曲目の軍靴の足音から始まると今も幸福してしまいます。それでは全曲解説言って見ましょう。

 

「ホリディ・イン・ザ・サン」

 

今で言うとダーク・ツーリズムの歌です。

 

“太陽が降り注ぐホリディなんか行きたくない
新しい強制収容場を見たい
安上がりだから

壁の向こうからコミュニストが見てる
第三次世界大戦が始まりそうだ
これで俺が何のために来たかよく分かった”

まさに状況主義的歌です。

本人たちは普通に太陽が当たるところに休暇に行こうとしていたけど、ビザが取れなくって、なんとなくベルリンに行くことになって、そのことを歌にしたそうですが、ヘロインとかの強いドラッグが好きなギターのスティーヴ・ジョーンズが「ベルリンに行きたい」と言ったような気がします。当時のベルリンはヘロインの本場というか、夜の街というか、なんか凄かったのです。社会主義に囲まれた中の資本主義の孤島という特殊な状況を楽しみに行くということでみんな行っていたと思ってたんですけど、ニック・ケイブとかのちにベルリンに住んだ人を見てるとドラッグを楽しみに行ったとしか思えないです。僕が初めてベルリンに行った83年くらいもまだナイト・クラブの街として人気で、有名なクラブでもドリンク一杯買うだけで、クラブに入れていたので、ナイト・クラビングするのは安く上がりの街でした。イビサとかに行く前に、ベルリンに週末クラビングしに行くのがイギリスでは流行ってました。後にシド・ヴィシャスがパリに一泊旅行行くようなPVを撮ってましたが、イギリス人たち(労働者階級)が安いパッケージ・ホリディを楽しむようになったのはこの頃からです。

 

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