久保憲司のロック・エンサイクロペディア

『二人のローマ教皇』 保守とリベラルの戦い。神の声が聴こえることがどういうことか、この映画で初めてちゃんと理解しました

 

アカデミー賞男優賞、助演男優賞、脚色賞ノミネートの『二人のローマ教皇』が面白かったので、少し書かせていただきます。

どう言う話かと言うと神の声が聴こえると言う話でした。教皇はもちろん、教皇を選ぶ120人の枢機卿ももちろん神の声が聴こえている。そんな神の声とはどう言うものかと言うお話がバッググラウンドに描かれていて面白かった。

神の声とは何なのか、後々書きますね。

でも神の声が聴こえるなんて、怒られかもしれませんが、はっきり言うとカルトですよね。世界に13億人も信者がいて、二千年近くもの歴史がある宗教をカルトなんて書いたらバチが当たりますが、でも神の声が聴こえるなんて…

エルヴィス・プレスリーが憑依する大川隆法と本質は変わらないですよね。

大川隆法の場合も憑依させるために、人里離れたところに隔離して、ご飯をそんなに食わせず、憑依させる訓練をさせると、そう言う技術が身に付くそうですね。完全に統合失調症の状態を人工的に作られせるわけですけど。

ローマ教皇のはそんなのじゃないですけどね。ちゃんとやれば君も神の声が聴こえると思います。神様なんて本当はいないんですけどね。

キリスト教にとっても興味あります。僕らの使っている西暦ってキリストが生まれた時から始まっています。しかもその人のお母さんって、天使ガブリエルからセックスもしてないのに「赤ちゃん出来ましたよ、その子は神の子です、大事にしなさい」と告げれるわけです。

そんな科学的に絶対ありえない事の生誕の年表を使っているなんて、ちょっとおかしな世の中でしょ。しかもそのキリストの誕生から600年が過ぎた頃に洞窟で瞑想していたムハンマドの所にまた天使ガブリエルが現れて、アラー(神)の言葉をムハンマドに伝えて、それでイスラム教が生まれるわけです。

日本は戦争で負けるまで紀元節を採用してました。日本書記で神武天皇が即位したとされる紀元前660年1月1日から始まっています。キリスト教より俺たちは古いぞというのを誇示したかったんですかね。零戦という飛行機がなぜ零戦かというと零戦が作られた1940年が紀元節でいうと皇紀2600年だったからです。00という記念すべき年を祝って全国民一丸となって最高の飛行機を作り上げたわけです。皇紀2597年に作られた戦車は九七式中戦車と呼ばれてました。バカでしょう。特攻で死んでいった方のことを思うとバカとか言ったらダメなんですけど、日本は戦争に負けて洗脳から解けたのか、また洗脳に酔おうとしているのか、それが今の日本なような気がします。

いろんな人が神の声を聴いてます。カニエ・ウェストも神の声を聴いていてそれで『ジーザス・イズ・キング』と言うアルバムを作っているんですが、この作品を最高傑作だ、駄作だと批評したらダメですよね。彼が神の声が聴こえているのって、双極性障害を患っているからとしか思えないですけど。

『ジーザス・イズ・キング』は病気もだいぶ治って、どうやって生きて行くかを探しているアルバムだと思いますが、でもそれを「これがニュー・ゴスペルだ」と言うのは危険なことだと思うのです。ボブ・ディランの『セイブド』と同じアルバムです。福音、ボーン・アゲイン・クリスチャンになったということです。こう言う人たちが支持しているのがトランプなんです。なぜこう言う人たちがアメリカをもう一度輝かしたいと思うのか、謎なわけですが、謎じゃないですか、零戦って言う名前をつけるのと同じですよね。

だからちょっと頭がおかしくなったカニエ・ウエストは「奴隷制も意味があったんだ」なんておかしなことを発言するわけです。彼は詳しく説明してないですが、要するに自分の祖先はアフリカから連れてこられて、新大陸で奴隷とされたが、今は俺みたいにディズニーやジョブスみたいな偉大な人間を産むまでになったということを言いたいのでしょう。

カニエ・ウエストも彼なりに神の声を聴いているのでしょう。むっちゃ間違った神の声が聴こえてますが。だんだんと元に戻っていっていると思いますが。だってキリストの教えって、カニエが支持するトランプのようにアメリカだけを救おうとしたのではないですからね。キリストはユダヤ人しか救わなかったユダヤ教に対して「そんなのおかしいやろ、全員救われるはずやろ、私は全ての人を愛します、すべての人のために死んでもいい」と言ったのです。クリスマスの時に街で聴こえるテープで聴こえる声です。あれ実にすごく正しいんです。でもあの人たちが間違っているのはうちらの宗派に入ったら救われますと言うことなんです。キリストは「私を信じたら救われる」なんか言ってないんです。「誰もが救われるんです、私の言っていることを信じてください」と言っているのです。

そういう人だったからキリストは神になったと思われているわけです。キリストが本当に神かどうかは分からないですけど(神じゃないと思いますが、神様なんていないですからね)、ジーザスが神と信じる宗教がキリスト教なわけです。キリストは本当はそんなこと望んでいなかったでしょうけどね。キリストのようの考えれば誰もが神になれるはずなんです。

ローマ教皇になった人はカニエ・ウエストみたいに「神はこんなことおっしゃっている」なんてバカなことは言わない。2千年の知の集大成を考慮して、きっと神はこう考えておられると思うみたいなことを僕たちに示唆してくれるわけです。

 

『二人のローマ教皇』を観て、神の声が聴こえることがどういうことか初めてちゃんと理解しました。

 

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