久保憲司のロック・エンサイクロペディア

「キリストは誰かの罪のせいで死んだらしいけど、それは私の罪じゃない」  パティ・スミスのデビュー・アルバム『ホーセス』全曲解説

 

ラモーンズのデビュー・アルバム『ラモーンズの激情』がパンクを誕生させたと書きましたが、もっと重要なアルバムが、その半年前にリリースされていました。パティ・スミスのデビュー・アルバム『ホーセス』です。「パティ・スミス何歌ってんの」と言う人も多いと思うので、全曲解説やってみたいと思います。

パティ・スミスが憧れたボードレールの『悪の華』から近代文学が始まったように、『ホーセス』から新しいロック(パンク)が生まれたと言って過言ではないのです。彼女が尊敬したドアーズ、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ジミ・ヘンドリックスを超える作品を、彼女はデビュー・アルバムで作りました。

このアルバムは「現代性とは、一時的なもの、うつろい易いもの、偶発的なもにで、これが芸術の半分をなし、他の半分が永遠なもの、変わらないものである」とボードレールが言ったことを体現したアルバムなのです。ドアーズのジム・モリソン、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ジミ・ヘンドリックスもこれを目指したが、それを完璧に作品としたのが彼女です。

ちょっと嘘です。ミック・ジャガーやジミ・ヘンドリックスがそんな象徴主義の定義が分かっていたとは思えないです。ジム・モリソンはUCLAに行ってたから習ってたかも知れませんが、ディランもこんなこと理解してたのですかね。ディランはミネソタ大学に入学したとなってるんですけど、ロックンロールやってた奴が大学なんか入学出来るんでしょうか?何を専攻してたんですかね。ルー・リードがディランをバカにする時って、「俺はシラキュース大学入って、デルモア・シュワルツからちゃんと英詩を勉強したぞ」というニュアンスがあると思うのです。

そんな人がノーベル文学賞を取るのは面白いですね。日本もそんな人が都知事になってしまうというのはどうかなと思いますが。日本には近代というのがなかったのかと思ってしまいます。

都知事は問題かと思いますが、ディランはルー・リードより世の中を変えたと思うので、いいと思うんですけど、多分次のポップスの世界からノーベル文学賞を取るのはディランの授賞式で歌ったパティ・スミスでしょうね。

彼女はちゃんとカレッジを卒業してます。しかも現在は大学になっているちゃんとした所です。そんな人がカニ工場で働いて、その休憩時間に、ランボーの英語詩とフランス語詩が書いた本を読んでたって、そんなことあるんですかね。

彼女の歌にはそうした負け犬の部分がとっても大事かと思います。彼女のエピソードで、僕が大好きなのは、ルー・リードなんかが演奏するライブ・ハウス、マクシズ・カンサス・シティに入れてもらえず、当時の恋人のロバート・メイプルソープと、二人で誰かから「一緒に入る?」と声をかけられるまで、入り口でずっと座っていたそうです。でもみんなは二人のことを金のない田舎から出てきたヒッピーと思っていたみたいで、心配そうに「どうしたの」と声をかけてくれるけど、誰も「一緒に入る?」とは言ってくれなかったそうです。日本ではライブハウスにメンバー制なんかある所ないですけど、アメリカやヨーロッパのクラブではダサいと入り口で入れてもらえなかったりするのです。

そして彼女はマクシズ・カンサス・シティに出させてもらえなかったテレビジョンと共に、CBGBというカントリーとブルー・グラースとブルースをやる超ダサいライブハウスで自分たちの世界を作っていったのです、それがパンクと呼ばれるようになったのです。そうして自分たちのシーンを作った時にリリースされたのが『ホーセス』なのです。

彼女の詩の話からそれてしまいましたが、彼女は反エスタブリッシュメントだったのです。でも彼女はジム・モリソンやキース・リチャーズ、ボブ・ディランなどがエスタブリッシュメントになる前の野生の姿を自分に投影させてパティ・スミスという存在を作りあげたのです。

ボードレールが「流行が歴史的なものの裡に含み得る詩的なものを流行の中から取り出すこと、一時的なものから永遠なものを抽出することなのだ」というとおり、ジム・モリソン、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズ、ジミ・ヘンドリックスのイメージを使い、いや生きているボブ・ディランのイメージまで使い(キース・リチャーズも生きてますが)、新しい世界を作ったのです。そして、そのオリジネイターでまだ生きているボブ・ディランの音楽まで変えたのです。

ボブ・ディランはパティ・スミスのリアルなライブを見て“ヤバイ、俺はリアルな世界に戻らないといけない”と、昔、大道芸人たちがアメリカ中を旅したように旅をしながら、本当のアメリカを見つけようとローリング・サンダー・レビュー・ツアーを始めるのです。

全曲解説に行く前に、ボードレールが言ったような、パティ・スミスが求めた、現実と虚構、永遠と変わるものの一瞬の世界を切り取ったものを表しているのがジャケットです。ロバート・メイプルソープが、彼女からジャケットの撮影を依頼された時、彼のパトロン、彼氏だったサム・ワグスタッフの家の玄関に差し込む夕日のの美しさがパティの撮影に完璧だと、「今しかないんだ」と突然パティのアパートから連れ出されて、一瞬で撮られた写真が使われています。

同じ意思を持っていた二人は、別々の道を歩み始めていました。パティ・スミスはストリートを、メイプルソープは芸術家になるためにエスタブリッシュメントの世界に入り込む必要があったのです。ロックの世界は反エスタブリッシュメントでも成功を手に出来た、いやそっちの方がうまく行ったのでしょうが、1975年のアートの世界はまだまだ反エスタブリッシュメントだと成功は難しかったのです。アートの世界で反エスタブリッシュメントで成功を手に出来るようになるにはキース・ヘイリング、ジャン=ミッシェル・バスキアの登場までまたなければいけません。でもこれらの人間がもうNYで各自の仕事をなんとなく見ていたのです。ジャン=ミッシェル・バスキアはまだ早すぎるかな。でもなんとなくみんな同じ空気を吸っていたのは面白いと思いませんか。

 

1.「グロリア」

この曲がこのアルバムの全てを語っています。ゼムのグロリアのカヴァー、アメリカのガレージ・バンドが絶対カヴァーする曲をパティはボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」やジミ・ヘンドリックスの「パープル・ヘイズ」のように新しい時代の曲にしています。それがこの出だしのメッセージ

キリストは誰かの罪のせいで死んだらしいけど、それは私の罪じゃない

神が死んだか、どうだかなんか、私にはどうでもいいこと、これこそがパンクの誕生なのです。アイ・ドント・ケア、ファック・オフです。

これこそ真の実存主義、パンクが世界中でフランスで一番最初に評価されたのはこのパティの歌詞なのです。

 

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