久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ローリング・ストーンズ 『無常の世界』 ・・・ルー・リードの「ウォーク・オン・ザ・ワイルド・サイド」は「無情の世界」みたいな歌を作ろうとして出来た曲なんじゃないかと僕は思うのです

 

ストーンズ史上最高の曲は、子供の頃から僕は「無情の世界」と思っています。

原題は「You Can’t Always Get What You Want」(欲しいものはいつも手に入らない)、だから邦題は「無情の世界」と訳されています。むっちゃいい訳なんですけど、この曲には感動のオチがありまして、

欲しいものはいつも手に入らない
欲しいものはいつも手に入らない
欲しいものはいつも手に入らない

と何度も歌ったあとで、

But if you try sometime you find
You get what you need

と歌われるんです。

なんて訳したらいいんですかね。

僕が17歳くらいの時に、ロック・バーみたいなところで、ロックなオッサンに教えてもらった時は、そのオッサンはこう言ってました。

「でもな、頑張ったら、手に入るんやで」と

そんな話聴いて感動しましたよ、15歳の僕は。

ミックは“人生なんて儚いけど、やってみないとわかんないよ”と言う感じで歌っているんだと思います。

このテーマ性、ストーンズの曲の中で一番パクられた曲でしょう。パクられたというのは大袈裟か、お手本にされた曲です。

CとFの2コードで、トーキング・ブルースのように状況を描写していきます。ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」みたいな感じですか、こっちは落ちぶれていく人たちを描写しながら、「落ちていくって、どんな感じだい?」とサビでやらしく訊いていきます。

ディランもミックは本当に冷静に観察して歌にするのが巧い、ディランの場合は何を歌っているのか、全然分かんないですけど。当事者だけが、「これ全部お母さんのことじゃん」と理解出来る。アルバム『血の轍』を聴いた時のディランの息子の感想です。

ミックの描写の仕方はとってもドキュメンタリー風です。60年代の曲だが、今も全然通じるじゃんと感心します。

今日、彼女をパーティー(レセプション)で見たんだ。
手にはワインのグラスを持ってた
彼女はコネクションを手にいれようとしていたみたい
彼女の近くにはスケベそうな男がいたよ

売れなくなったアイドルやグラビア・モデルの人が次なる展開を目指して有力者に取り入ろうとしている風景です。

アイドルやグラビアのような実力の世界でこんなことをしても何もならないというのは、60年代から60年も経っているんだから誰もが知るところです。今の感じだと有名なIT会社にインターンで入ろうとかそんな感じですかね。今の方が現実的でつらいですよね。手を出したりしたらセクハラで訴えられたりするから、手を出されたりすることはないでしょうけど、合意のうちにやるように仕向けられる光線に始終さらされているのはとってもツラいことだと思います。

で、

欲しいものはいつも手に入らない
欲しいものはいつも手に入らない
欲しいものはいつも手に入らない

とサビが入る。

“ためしてみないと、何も手に入らないよ”の所で唯一明るくコードがDに変わって、うわっーとなる。もう40年くらい、何百回と聴いているけど、いまだに体が熱くなります。

でCとFの2コードに戻ると、映画のように場面が変わるのです。

次はデモの中です。

俺は公平な権利を手に入れるために、
デモに参加して
「俺たちの問題が解決しないと俺たちブチ切れるぜ」
と歌ったんだ

で、あのサビが歌われ、また場面は変わります。

次は薬局です。

君の処方箋をもらいにチェルシー薬局に行ったんだ
ミスター・ジミーって奴が列に並んでて
すごく具合が悪そうだったから
「ソーダでも飲むか」って声をかけたんだ
俺はいつも飲むチェリー味にしたんだ
俺の歌のことを彼に聴いたら
そいつはたった一言「最低だな」だって
だから俺は言ってやった

で、

酷いかもしれないけど、やってみないと分かんないだろ

というサビに入る。

また場面が変わって、次は僕の想像ですけど、個展のオープニングです。レセプションって、何のレセプションだろうとずっと思ってたんですけど、頻繁にレセプションやるのってギャラリーなんです。レコード発売のレセプションなんて、よっぽど大物じゃないとやらないので、そんなに頻繁にやってないです。ロンドンに住んでいた頃、ただ酒が振る舞われるので、僕もよくギャラリーのオープニング・パーティーに行ってました。この前見た彼女は芸術家だったんでしょう。彼女はパトロンを見つけて彼女の個展をやれるところまでこぎつけたみたいです。

で彼女の手に持っているグラスはこんな風に見えました。

今日、レセプションで彼女を観た
彼女がの持っているグラスの中には血だらけの男が見えた
彼女の騙しのテクニックは芸術の域
彼女の血まみれの手を見ればわかるよ

であのサビに入る。

出だしに歌われた、男に騙されそうな女性はそんな弱い女性じゃなかったというオチなんです。

いいでしょう。

「無情の世界」ってタイトルから、昔の日本映画みたいに成功を夢見た女性が、ダークな世界に落ちていく感じがしてたけど、そんな怨念の世界じゃないです、外人の人はドライですね。どこかユーモアがあります。

よく人生を観察してるなと思います。大体男性より、女性の方がしたたかです。インディ&パンクの世界でも、歳とって独り身で寂しくなったオタクのおじいちゃんが、パンクおばあちゃんに騙されて金とられたりしてるって話を聴いて「その話むっちゃおもろいな、そのババアどんなババアなんだろう見てみたいわ」と思ってます。

ルー・リードの「ウォーク・オン・ザ・ワイルド・サイド」は「無情の世界」みたいな歌を作ろうとして出来た曲なんじゃないかと僕は思うのです。

 

 

 

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