久保憲司のロック・エンサイクロペディア

パヒューム・ジーニアス『Set My Heart on Fire Immediately 』 セクシュアリティ、クローン病、家庭内虐待、ゲイの男性が直面する問題などを包み隠さず、そしてポップスとして歌っています

 

PJハーヴィー、フィオナ・アップル、リズ・フェア、スリッツ、そしてパティ・スミスなど、女性アーティストは自分を曝け出すのが上手い。自分の内臓をひきちぎって「ほら、これが私よ」と言う感じ、そんなドロドロの物を見せられても、それは光り輝いているようで、清々しい。

なぜ、こんなこと出来るのかの答えは、陳腐なんだけど、母なる女性は強いとしか言えない。

男の「これが本当の俺だ」と作ったような作品は、メソメソしていて、辛気臭い。その代表がデヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』だろう。『ジギー・スターダスト』は別にボウイが自分を曝け出したアルバムじゃないけど、その出だしは「世界はあと5年で終わる」でした。男にまかしているから、世界は惨めに続いて行くのです。

女性は決してそんなことを歌わない。

その代表がキャロル・キングの『つづれおり』でしょう。シンガー・ソング・ライラー・アルバムの代表アルバム、日本だと4畳半フォークの原点です。

ちょっと違うか、“首相辞任会見で涙した”で話題のユーミンこと荒井由美か。ユーミンになる前の新井由美はドライだったよな。女性はやっぱりドライか、猫ジャケの傑作『つづれおり』はパンクだった僕には、フリスビーのように投げとばさないといけないアルバムでしたが、大人になって、聴いたらびっくりです。一曲目「I Feel the  Earth Move」は女性のオルガスムスの歌です。今聴いても女性のオルガスムというのはこんなにもワクワクして、元気一杯なのかとうらやましくなる。

女性のオルガスムスを体験したい男性諸君、今すぐ聴いてみましょう。地球が動くように感じるって、すごいです。それを完璧にグルーヴ、音にしたプロデューサー、エンジニア、ミュージシャンたちも凄いと思う。この人たちは男ですけどね。バカな男たちも女性が、そう感じているというのはなんとなく分かっているのです。でも男の射精なんて、そんな地球が動くような感じから程遠く、メソメソって感じが一番似合ってます。

その代表がキャロル・キングの元旦那ジェームス・ティラー『スウィート・ベイビー・ジェームス』です。こちらもジャケットはカッコよく、今60歳くらいのオッサンたちの憧れたわけです。その代表が吉田拓郎です。ギブソン のJ-50で、今だと絶対あかんボテボテのアコギの音で、「結婚しようよ」とか歌っていたわけです。

そう男性シンガーは大したことを歌わないないんです。「乾杯」とか、「亭主関白」とか、そんなどうでもいいことばかり歌ってきたのです。

でも海外の女性アーティーストは、本当に自分をさらけ出すように歌っていた。本当に曝け出すようになったのはパンク以降パティ・スミスからですけどね。

そんな彼女たちと同じ匂いを感じる男性アーティストがパフューム・ジーニアスです。セクシュアリティ、クローン病との個人的な闘い、家庭内の虐待、現代社会でゲイの男性が直面する問題などを包み隠さず歌っています。

特に最初の二枚のアルバム『Learning』『Put Your Back N 2 It』はピアノだけをバックにシンプルに歌っていますが、PJハーヴェーイのデビュー・アルバム『ドライ』におまけとしてついていたデモCDのようにプロデュースされてない歌が心に響きます。『ドライ』のデモ・テープ集は必聴です。

パフューム・ジーニアスはエリオット・スミス、スフィアン・スティーヴンスと同じようで、全く違うんです。

PJハーヴィー、フィオナ・アップル、リズ・フェア、スリッツ、そしてパティ・スミスと似ていると書きましたが、ちょっと違うんですよね。

唯一似ているなと思うのはフローレンス・アンド・ザ・マシーンですかね。タレントのハリー杉山さんって、フローレンスの従兄弟だったと知って驚きました。いい家系ぽいなと思ってたんですけど、イギリスのインテリ家系のお子さんだったんですね。

フローレンス・アンド・ザ・マシーンを聴いてと、ヴァージニア・ウルフなどの女性がまだ権利を得ていない頃の社会に対する軋轢の悲哀さを感じるんですが、ヴァージニア・ウルフが属していたブルームズベリー・グループの感じです。日本でいうと芥川龍之介とか太宰治ですか。

パブリック・イメージ・リミテッドに「ポップトーンズ」という、日本製の車で拉致され、イギリスの田舎でレイプされるか、殺される女性が、私はこれから殺されるのじゃない、田舎にピクニックに来たんだと思おう、その車のカセットからはポップスが聴こえていた。というジョン・ライドンの妄想なのか、新聞でそういう記事を読んだのかよく分からない奇妙な曲があるんですが、それが一番近いと思います。

虐待され、蔑まれる人の歌。ジョン・ライドンはセックス・ピストルズで、世界一嫌われた男になったから、そういう人たちの気持ちが分かったというか、乗り移っていたんだと思います。

『Learning』を初めて聴いた時は、これは本当にヤバイ人かなと思ってしまいました。

 

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