久保憲司のロック・エンサイクロペディア

アイドルズ『ウルトラ・モノ』・ファウンティンズ D.C.『ア・ヒーロズ・デス』 「俺たちは西洋文化に対するベトコン、気分は市街戦だぜ」というドンドコ・ビートの疾走感

 

イギリスの新しいロック・バンドが元気です。アイドルズ三作目ウルトラ・モノ、ファウンティンズ D.C.二作目ア・ヒーロズ・デスがリリースされ、アイドルズは一位を獲得、ファウンティンズ D.C.は二位でした。今チャートの一位がどれだけの意味を持つのか全く分かりませんが、めでたいことです。

こういうバンドたちを、いまだにロック・バンドと言っていいのか悩むところですが、ロック・バンドなんかやってても絶対食っていけなさそうなのにロック・バンド(また言ってしまった)をやってしまうメンタリティに好感を持ってしまいます。

ファウンティンズ D.C.は海外ツアーの補助をアイルランドアーツカウンシルから受けていて、アイルランドのラジオ局からも補助金が受給されているそうです。大変な時代になりましたね。でも日本もこれくらいのサポートをした方がいいですよね。

補助金をもらってたとしても、彼女から「あんたバンドなんかいつまでやってんの、バカじゃない、ユーチューヴァーにでもなりな」と言われてそうです。

アイドルズもYouTubeを宣伝に利用しておりまして、ギターの人が自分たちの音楽がどんなに簡単に出来ているかをアップしていて笑ってしまいます。あれは完全にユーチューヴァーをバカにした動画なんでしょう。

 

 

自分の中でロック・バンドの定義とは、悪ガキたちが苦労してステージに立って、何百人、何千人と対決している人たちということです。

ここがアイドルとの一番の違いかなと。両者ともエンターティメントなんですけど、ブルースやカントリーから始まっているロック(アイドルもそうですけどね)にはお客さんと対決という感じがあるのです。僕はそこが好きなんです。みんななんとなく分かっていて、コンサートに行くことを参戦なんていうんでしょうね。

僕は参戦という言い方は好きじゃないんですけどね。参戦と言うより、四人とか五人の男女が、何千人もの人と戦っている、バンド対世界みたいな構図を楽しみに行っているという感じでしょうか。自分は戦ってはいないですもんね。

バンド対世界という構図、すごく特殊なように見えますが、でも誰もがいつも世界と対峙してると思うんです。満員電車と自分、会社と自分みたいな、それと同じような構図をロック・バンドのコンサートで僕は感じるのです。それを見て、俺も戦わなあかんなという気になるのです。

バンドも成功してしまうとあまりこんな構図を感じられなくなります。例外としてザ・フーなんかは、こいつら世界と戦っているなと思ってしまいますが。お客さん、おじいちゃんバッカリですけどね。

そんなイギリスのロック・バンドの中で一番の成功者といえばThe 1975でしょう。そしてその前がコールドプレイなんですかね、そしてその前がオアシスなんでしょうか。

アメリカだとフー・ファイターズが最後になるんですかね。もちろんヴァンパイア・ウィークエンドなどもいますけど、アメリカではこの頃、バンドが出てきてないような気がします。アメリカの方が、バンドなんかやってられるかいというくらい状況はハードということ何でしょうか。

The 1975、コールドプレイの成功は乙女心を掴む歌詞にあると思うのですが、ファウンティンズ D.C.とアイドルズ、どちらもそんな部分は皆無で、The 1975、コールドプレイのような成功者にはなりそうもないですけど、なんか応援したくなるんです。

僕はもともとはファウンティンズ D.Cよりも頭の悪そうなアイドルズのファンだったんだけど、ファウンティンズ D.Cの情報をゲットするたびにファウンティンズ D.Cのことが好きになってきております。

バンド名がいいじゃないですか、初めて聴いた時は「ファウンティンズ 、噴水、スミスかよ」と思ったんですけど(スペル全然違いました)、ファウンティンズ って、映画『ゴットファーザー』に出てきた気の弱いというか、なんかあるたびにゴッドファーザーに泣きつくシンガー、ジョニー・フォンテーン(もちろんフランク・シナトラをモデルにしてるんですが)の名前をバンド名にしてるそうです。俺たち気が弱いんだぜ、情けないぜみたいなことをアピールしてるんですかね。

しかしなんでこんな名前にしたんですかね。

 

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