久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ピンク・フロイド『狂気』 月の裏側だけが暗いんじゃなくって、全部暗いんだよというロジャーの最後のメッセージ、それが彼の狂わないでいるための答えなんでしょう [全曲解説(後編)]

前編

 

『狂気』の全曲解説後半です。彼らの不安感を味わいながら読んでもらえているでしょうか。ゴッホやムンクの絵がなぜあんなに炎のように渦巻いていたかというとそう見えていたからです。これと同じ感覚を音楽で表現しようとしたのがピンク・フロイドの音楽だったのかもしれません。彼が音を揺らしたりするのはまさにゴッホのあの炎や風のような渦巻きの絵です。ゴッホやムンクの絵を見て、かっこいいじゃん、俺たちもこんなのやろうぜと始まったのが近代絵画の始まりでした。

ピンク・フロイドには本当にゴッホやムンクのようになったシド・バレットもいて、なんでなんと悩む他のメンバーがいたのです。そして、彼らはこの音を完成させたのです。

気が狂うというのはどういうことか僕には分かりません。

ロジャーもこのアルバムを作るときに突然全てのものが小さく見えるような恐怖を味わったそうです。これって一体なんだろう。僕たちのシンガーもこれを経験して帰って来れなくなってしまったのか、僕も彼と同じようになるのか、なぜ彼を助けられなかったのかなど、色々な思いがこのアルバムを作らせました。

不安が強くなると恐怖になります。まさにこの感覚が詰まったアルバムなんです。

子供の時はこのアルバムを聴いていると気が狂ってしまうのじゃないかと思ってました。でもこのアルバムのオチのメッセージが正しいんだなと思うようになってます。ロジャーはちゃんとそういうことを歌っていたんだなと。

月の裏側だけが暗いんじゃなくって、全部暗いんだよというロジャーの最後のメッセージ、それが彼の狂わないでいるための答えなんでしょう。多分今みんなコロナでみんな気が狂いそうですよね。自分だけが暗いと思っているから気が狂いそうになるんです。みんな暗いんだと思えば、そこには絶対光が見えてくるんだと思います。

このアルバムの場合はもう一度一曲目に戻るんですけどね。全員暗いんだと納得しても、やっぱり納得出来ないのが人間ですよね。

じゃどんなこと歌っているか、このアルバム聴きながら読んでみてください。

 

 

4曲目「タイム」

人生(時間)を無駄に過ごしてしまうことについての歌でしょう。何も成し遂げられずに時間がすぎてしまう恐怖感を歌ってます。デイヴ・ギルモアの歌がいいですね。精神を病んでバンドを辞めてしまったヴォーカル/ギターのシド・バレットの代わりに入った彼が完全に自分独自のスタイルを築きあげてます。存在感は弱いですが、サビでの滅多に歌わないキーボードのリチャード・ライトの頼りなそうなヴォーカルとの対比が素晴らしい。そしてデイヴ・ギルモアの泣きのギターが神々しいです。

 

Ticking away the moments that make up a dull day
Fritter and waste the hours in an offhand way
kicking aroud on a piece of ground in your hometown
Waiting for someone or something to show you the way

刻まれる時間が退屈な日に変わる
なんとなく時間を無駄に過ごす
地元をうろつき
誰かが君に指示してくれるのを待っている

 

Tired of lying in the sunshine,staying home to watch the rain
You are young and life is long and thereis time to kill today
And then one day you find ten years have got behind you
No one told you when to run, you missed the starting gun

日光浴にも飽きて、家の中で雨を見る
君は若く、人生は長く、暇をつぶす
ある日、10年もの時がすぎたと気づく
誰も今が逃げる時だと教えてくれず、君は合図の音も見逃した

 

And you run,and you run to catch up with the sun,but it’s sinking
Racing aroud to come up behind you again
The sun is the same in arelative way,but you’re older
Shorter of breath,and one day closer to death

そして君は太陽に追いつこうと走る
でも太陽は沈んで行く
そして太陽は君の背後から現れる
太陽は変わらない、君だけが歳をとる
息が切れ、死は近づいてくる

 

Every year is getting shorter,never seem to find the time
Plans that either come to naught or half a page of scribbled lines
Hanging on in quiet desperation is the English way
The time is gone, the song is over, thought I’d something more to say

時が経つごとに1年は短くなり、「時間」は見つかりそうもない
予定は失敗に終わるか、ノートの半分が黒く書き消されたようなもの
静かな絶望で頑張ることがイギリス的なのか
時間が過ぎ、歌が終わったら
もっと何か言いたいことがあるかと思ったんだけど

 

Home, home again
I like to be here when I can
And when I come home cold and tired
It’s good to warm my bones beside the fire
Far away across the field
The tolling of the iron bell
Calls the faithful to their knees
To hear the softly spoken magic spells

家にまた戻ってきた
できるならここにいたい
寒くって疲れて帰ってきても
暖炉のそばで体を温めるのはうれしい
遠くの方で
鉄の鐘の音が聞こえる
それは信者たちをひざまずかせるための静かな呪文のようなもの

 

5曲目「グレイト・ギグ・イン・ザ・スカイ」

多分このアルバムは生と死についてのアルバムでもあるのでしょう。光が全く当たらない月の裏側(ダークサイド・オブ・ザ・ムーン)とは死のメタファーでもあるのだろう。このアルバムを作るにあたって、メンバーは彼らの周りの人に質問しています。その答えがこの曲で使われています。一番最初に出てくるのがアビー・ロード・スタジオの清掃員の答えです。

俺は死ぬことなんか怖くないよ。いつ死んだってかまわない。なんで死ぬのが怖いかって?そんなの理由ないよ、みんないつか死ぬんだから。

 

最後の方に”死ぬのが怖いなんてわたし言ってないわ”とボソと聴こえるのは、彼らのロード・マネジャーの奥さんの声です。

この曲で歌っている(オーオー、オーオオー オーオーアーー、アーアーハァーーとしか歌ってないですが)クレア・トリーは始め「オー、アー、ベイビー、イエー、イエー」って歌ったそうなんですけど、「そっちちゃうねん、その感じだと僕らドリス・トロイ(もう一人のバックアップ・シンガー)いるからな」とオーだけで歌わされたそうです。しかし、そんなヴォーカルがロック史一番の女性ヴォーカルとなるとは誰も思いもしませんですよね。それくらい心に残るヴォーカルです。そうだから、後にロイヤリティ欲しくなるののは分からなくもないんですけど、セッション・ヴォーカリストには日当しか発生しないのが業界のルールですからね。でもそれくらい素晴らしい歌声です。あとこの歌声が白人女性だったというのもびっくりしました。僕はずっと黒人の人が歌っていると思っていたので、ソウルフルに歌えるかどうかってあまり人種は関係ないみたいですね。

 

6曲目「マネー」

彼らの「吹けよ風、呼べよ嵐(ブッチャーの登場のテーマ・ソングです)」もそうですが、ロジャーのベースはポール・マッカトニーに匹敵するくらい魅力的です。曲自体はビートルズもカバーしたモータウンの社長ベリー・ゴールディが作った「マネー」と同じような3コードのナンバー、しかし、なぜか彼らがやるとこうもサイケな感じになるんでしょうね。3コードを全部マイナー・コードでやっているからですかね。でもサイケの始まりの要素の一つとしてビートルズがモータウンやR&Bをカヴァーしていったのがなんとなくサイケな感じになっていった部分も強いので、当たり前と言えば当たり前かもしれません。

 

 

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