久保憲司のロック・エンサイクロペディア

『トランスフォーマー』 ルー・リードの魅力とはアーティストではなく、作家さんなんです。プルーストの「失われた時を求めて」のようなことを歌にしようとしてたのです [全曲解説(前編)]

ルー・リードの最高傑作と言えばデヴィッド・ボウイ、ミック・ロンソンと作った『トランスフォーマー』です。

ヴェルヴェット・アンダーグランド時代の作品が新聞のニュースを歌にしたような社会的な作品だったとすると、この『トランスフォーマー』の曲は小粋な短編小説集を読んでいるかのような気持ちにさせてくれます。

この後すぐにルー・リードは、悲しい長編恋愛小説のような大傑作『ベルリン』をリリースするのですが、『ベルリン』についてはまた今度、まずは『トランスフォーマー』の全曲解説を。

 

 

 

1曲目『ヴィシャス』

シド・ヴィシャスを死に追いやったと言っていい曲です。イギリスのパンクを始めた連中が、このアルバムから数年後にリリースされたラモーンズを聴いて、パンクというのはNYのギャングじゃないといけないんだと錯覚したように、ロックというのはストリートでヘロイン中毒になって退廃しないとダメなんだと思わせた曲です。僕もそんな生活に憧れてました。

シド・ヴィシャスのヴィシャスはもちろんこの曲名からです。

でもこのアルバムを聴いたら、ルー・リードは「ヘロイン打って、ドロドロにならないと真実は見えないんだ」とかそんなことは歌ってなく、「ヘー、君たちまだそんなことやってるの、ふーん、楽しい?、気持ちいい?(女王様ぽいっしょ)、僕はもうそういうこと卒業しているよ」みたいな視点で歌っています。

そうなんです、ルー・リードの魅力とはアーティストではなく、作家さんなんです。

ヴェルヴェット・アンダーグランドを辞めた時に一度音楽業界を辞めようとした人ですから、結構冷めているんです。

多分彼の当初のアイデアはお金にもならないライブとかやってもしんどいだけ、だから自分と瓜二つのダグ・ユールをメンバーに入れて、それで自分は作家としてヴェルヴェット・アンダーグランドに曲を提供して、ヒットでも出れば俺は億万長者みたいな考えを持っていたのかなと思うんです。ブリル・ビルディングで商業作家目指していた人ですから。

ルー・リードが大好きなテンプテーションズとかそんなソウルのバンドはオリジナル・メンバーがいなくなっても、どさ回りしていたから、そんな感じでやっていければいいのかなくらい思ってたのかと思います。

もちろんそんな風にならなかったですけどね。

でもイギリス、フランスでヴェルヴェットの再評価が進んで、あいつどうしてる?えっ引退してんの、もう一度やらせようとした時に作ったこの前のアルバム『ルー・リード』がほとんど新曲なかったから、あんまり作家活動しようとは思ってなかったのかなとも思います。

これがなんとなく不思議なルー・リードの引退劇とカムバックの真相だったのかなと僕は思うのです。

あっ、すいません話が「ヴィシャス」からルー・リード論になってしまいました。話がそれたついでに『ベルリン』以降のルー・リードがどういうことを歌にしようかとしていたかというと、プルーストの「失われた時を求めて」のようなことを歌にしようとしてたのかなと僕は思うのです。

 

 

「失われた時を求めて」が近代小説の最高峰と言われるのは”社交に明け暮れ無駄事のように見えた何の変哲もない自分の生涯の時間を、自身の中の「無意識的記憶」に導かれるまま、その埋もれていた感覚や観念を文体に定着して芸術作品を創造し、小説の素材とする”と「失われた時を求めて」でこの小説がどういう小説かと解き明かされておりますが、そういう意識の流れを歌にしようとしていたのじゃないかと、そりゃ売れないすよね。

でもそんなルー・リードをフジロックで最後に観た時は、何を歌っているのかよく分かんないけど、なんか彼の言葉の波にただよいながら、めっちゃ気持ちいい時間を過ごさせてもらい、ルー・リードなんかボブ・ディランを超えてないかと思いました。

またライブみたいなと思ってたら、亡くなってしまって、本当に残念です。

「ヴィシャス」に戻ります。

 意地悪
君は僕を花で引っ叩く
いつもそうする
オー、ベイビー、君はとっても意地悪
君は棒で引っ叩いてほしいけど
僕はギターのピックしか持ってないんだ
オー、ベイビー、君はとっても意地悪

君がイク時を見てる時
僕はどこか遠くに逃げたい気持ちになる
君は一緒にいたい人じゃないんだ

通りを歩く君を見てたら
君の手を踏んだり
足を踏んだりしたくなる
君は僕が会いたいなと
思うような人じゃないんだ
オー、ベイビー、君はとっても意地悪
君はとっても意地悪

意地悪
君は僕を花で引っ叩く
いつもそうする
オー、ベイビー、君はとっても意地悪
意地悪
ねぇ、君はどうして
カミソリの刃を飲み込まないの
君は僕のことを
ゲイぽいって思ってるんでしょ
オー、ベイビー、君はとっても意地悪

君がイキそうになる時
逃げたくなる
君はよくない、本当に、楽しくない

君が通りを歩いているのを見ると思わず、君の手を踏んだり、足を踏んだりしたくなる
僕が会いたいなと
思うような人じゃないんだ
だって、オー、ベイビー、君はとっても意地悪だから
君はとっても意地悪

意地悪
意地悪
意地悪

 

ずっとヘロインやって、SMとかするような歌かと思ってました。ヘロインやってSMする人いないと思いますが、どちらかというとSMやる時はスピードとかコークみたいな感じですか。

SMでもなく、めっちゃ恋の歌で笑ってしまいました。ゲイの少年が、恋をしたのに、その子は自分のことを好きじゃなく、なんとなく気持ちいいから、僕にフェラチオとかはさせてくれるんだけど、でも僕が君のことを好きだと言う気持ちは全然分かってくれない、僕が君のことを本当に愛してるのに、僕の気持ちなんか分かってくれない、君は酷い人みたいな歌で笑ってしまいました。よくあるストレート(ノンケ)に恋したゲイあるあるの歌でした。

シド・ヴィシャスにヴィシャスって名前を命名したのは学生の時のお友達ジョン(ジョニー)・ライドンです。シドとジョニーの関係って、こんな感じだったのかなと変な想像してしまいますよね。

ちゃんと歌詞全部聴いたら、ズッコケました。

デヴィッド・ボウイがコーラスやっているのもいいですね。もうこの二人の共演が観れないのかなと思うと悲しくなります。

ミック・ロンソンも同じ声で歌えるので、してるんで、本当はボウイが歌ってなくって、ミック・ロンソンが歌っているかもしれません。このアルバムもボウイがプロデュースですけど、ほとんどミックがやったという感じがします。

次の曲いってみましょう。

 

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