久保憲司のロック・エンサイクロペディア

The Clash “Lost in the Supermarket” ボブ・ディランがクラッシュのことを好きだったのは、何のことを歌っているのかよくわからないようだけど、自伝的な歌が好きだったんだろう

 

僕がこのサイトでやっていることはクラッシックでいうアナリーゼ(分析)という奴です。どうもポピュラー・ミュージックの世界ではあまりやられてない手法ですが、クラシックでは当たり前のことです。

というか譜面しか残されていないクラシックの世界では、これをやらないと本当に作者が作った音楽を再現することは出来ません。

アナリーゼでやることは、約二つ、1つは「音楽理論を使って楽譜を分析、読み解くこと」二つ目は「音楽史を通して作曲家の生きた時代背景から作品に対する見識を深める」です。

大きく言うと音楽に込められたメッセージを読み解くことです。

日本のファンの人はアーティストに対する憧れが強いみたいか、分析をしていると、どうもそのアーティストを貶されていると思う人が多いみたいです。自分がいいと思ったものを否定されていると考える人が多いみたいです。自分の青春を貶されたと。

そのアーティストの作品が全ていいわけではないのです。でも日本ではそのアーティストが好きになると、そのアーティストの作品は全部いいということになってしまう傾向があります。日本で発売された海外のアーティスト本を呼んでいて、面白くないなと思うのは、全部褒めているからです。巻末のディスコグラフィーなんか全部褒めていて、読んでいて、楽しいことが一度もない。これだといい作品まで、よくないかもと思えてしまいます。海外で発売されたバイオ本だと、著者が後期の作品とか評価に値しないと思っていたりするのか、ディスコグラフィーなんかついていなかったりします。そんな本も日本で発売される時は、完全ディスコグラフィーがついていたりします。こういうのはアーティストをアーティストと見るのではなく、アイドルを所有したいという気持ちからくるのでしょう。日本ではアーティストはいまだにアイドルなのだと思います。ここに日本のポピュラー・ミュージックがいつまでも芸術になれない問題点があるような気がします。のだと思います。

海外の伝記とか呼んでいるとろくでもないエピソードもたくさん紹介されていて、楽しくなってくるのですが、日本で書かれた伝記だとそういうことがないのです。

日本で原稿を書かれている方は、アーティストの本当の姿を見たことないのかなと思うのです。メタリカの伝記映画「メタリカ:真実の瞬間」で、メタリカを首になって、メガデスをやるデイヴ・ムステインが「NO1バンドだったメタリカを首になるということはどういうことか分かるか、お前は一番じゃないのだ、お前は二番だとレッテルを貼られたということなんだぞ」とカメラの前で泣き崩れるシーンがあるのですが、全てのアーティストはこのデイヴ・ムステインだと僕は思うのです。ここを分かっていないのじゃないかと僕は感じるのです。

 

 

一度一緒にツアーを出てみるのがいいと思います。もうこんな生活出来ないと思いますから。本当にみんな血反吐吐きながら、ツアーをしています。誰もいなくなった楽屋を見てみたらいいと思います。準備のために誰よりも早く会場入りしたこともよくあります。昨日あれだけたくさんの人が楽しんだ会場の熱気は完全になくなって、地獄のような静けさが漂っています。なんか泣けてきます。全ての人間がそうだと思います。ミック・ジャガーもボブ・ディランも全員デイヴ・ムステインのように泣いているのです。ガラーンとした楽屋で僕はそれを感じるのです。

トム・ペティがホテルの部屋の壁を殴って、手を骨折したことがありました、ギターリストが一番大事な商売道具を壊してどうすると思うかもしれませんが、その気持ちはぼくにはよく分かります。それが人間だし、だから彼らの作品に感動するのだと僕は思います。

なぜこういう話を書いているかというと、曲を分析するにあたって外国のYouTubeの演奏のチュートリアルものをよく見るのですが、その人がクラッシュの「ロスト・イン・スーパーマケット」の解説をしてくれてたんですが、間違った解釈をしていて、同じ国の人でも間違うのかと思ったからです。彼は「ロスト・イン・スーパーマーケット」は彼らがスクワット(空家を勝手に占拠して住むこと、当時は違法じゃなかったのです)していた家の近くのスーパーマーケットのことだろうと推測していて、そこが新しい聖地になると解説していたのです。

でもこの曲はそういう歌ではなくクラッシュのギター、ミック・ジョーンズが住む家がなくなって、ロンドンの街中のスクワットからロンドン郊外のおばあちゃんの公団住宅に住むしかなくなって「俺はクラッシュって有名なバンドのギター弾きなのに、家もなく、都落ちするしかないのか、ロンドン郊外の公団住宅は荒れていて、寝ていたら、隣の部屋から怒鳴り声は聞こえてくるし、近所にはテスコという最低のデカいスーパーマーケットしかないし、俺は一体何をしているんだ」ということを歌った歌だからです。

 

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