ロクダス

はじまりはいつも大崎玲央 哲学の結実

文・写真=MCタツ

 

はじまりはいつも大崎玲央だった。

 

ヴィッセル神戸が最終ラインから繋いで相手を崩していくスタイルは、今シーズン何度監督が変わっても変えることはなかった。最終ラインから短いボールを中心にしっかり組み立てていく攻撃のスタートは、決まって大崎からだ。

 

両脇にいるダンクレーとフェルマーレン、前にいる2枚のボランチのイニエスタと山口蛍、いずれもヨーロッパのトップリーグでの経験の持ち主である。両ワイドを見ても両者ともに日本代表の経験がある酒井と西。それでも神戸の攻撃の始まりはヨーロッパでの経験も日本代表の経験もない大崎からである。大崎は横浜FC、徳島ヴォルティスとJ2のクラブを渡り歩き、初めてのJ1クラブである神戸に加入したのは2018年6月のことだ。

 

左に振るか、右に振るか。プレッシャーの出足が遅い鹿島をおちょくるように大崎が最後方から舵を切る。左が狭くてもあえて左で何本か繋いで相手守備を寄せきってから、右へ展開するなど、その見事なタクトは前半の神戸の攻撃のリズムを生み出した。

 

嗚呼、さんぴんカメラマン情けない。そんな前半のキーマン大崎の写真がこれっぽっちしかない。

 

他クラブのサポーターからは、嫉妬も含めて「金満クラブ」などと揶揄されることもある。金に物を言わせて選手も監督も変わっていくのだからそう呼ばれても仕方がないところもあった。だが、この日新国立で見せた天皇杯決勝戦の試合内容は、ヴィッセル神戸の哲学が決してころころと変わっていたわけではないことを見せてくれた。

 

「バルセロナのように後ろからつないで崩す」

 

この言葉は日本では単なる憧れ止まりになることも多く、実態が伴わないチームが続出した。志半ばで諦めてしまった者も少なくない。だがヴィッセル神戸は諦めなかった。

 

はたから見ればうまく言っているようには見えなかったかもしれない。それでもクラブは着実に正しい方向に進み、いつの間にか哲学にあった選手がどのポジションにも揃っていた。ヨーロッパのトップクラブから補強することもあれば、J2のクラブから補強することもある。いずれも哲学に沿った選手だけを集め続けた。

 

2019シーズンのJリーグの覇者は横浜Fマリノスである。チームのスタイルにあった選手を的確に補強し続けたことが大きな勝因として語られている。マリノスの場合「チームのスタイル」という言葉で表したいが、神戸の場合は「クラブの哲学」という言葉で表したい。この2つは似て非なるものかもしれない。どちらが偉いというつもりは毛頭ない。ただ、どちらも持ち合わせていない者は、今後タイトルが取りづらくなっていくのであろう。

 

そんな力が弱まり始めたことに気づいた鹿島は、一昨年16年ぶりに神様ジーコを呼び戻した。この決勝戦の結果を見てもわかるように、あの勝負強い鹿島を取り戻すにはあと少し時間がかかるのだろう。

 

じつは着実に歩みを進めていたクラブの成長に“タイトル”という形あるものが示された。この自信を持ってACLへと駒を進めるヴィッセル神戸に、さらなる進化がまっていると思うとワクワクする。三木谷浩史と三浦淳宏が見せる次なる一手はさらに大胆になるのではないか。

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