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仙蹴塵記

【ホームタウンから】2020年3月11日の仙台市にて、平瀬智行、菅井直樹両氏の思い

2020年3月11日。東日本大震災発生から9年が経った仙台の街で、ベガルタ仙台の選手やスタッフは、震災で犠牲になられた方への哀悼の意を表するとともに、あの日の記憶とともに暮らす方たちとともに被災地が復興することを祈念した。
11日の全体練習日に、男子トップチーム、女子マイナビベガルタ仙台レディーストップチームの選手とスタッフは、それぞれ練習場で黙祷。クラブを運営する株式会社ベガルタ仙台は、菊池秀逸代表取締役社長ら社員が、献花台が設置された仙台市青葉区の勾当台公園にて献花するとともに、震災発生時の14時46分に黙祷を捧げた。9年の間に人も入れ替わり、被災経験のある選手やスタッフも少なくなってきたが、その経験や、被災地のJクラブとしての存在意義などについては、継承されている。

この日、勾当台公園にて報道陣の取材に対応いただいた株式会社ベガルタ仙台の平瀬智行クラブコーディネーターと菅井直樹地域連携課スタッフは、どちらも2011年に仙台市で被災した経験を持つ。
平瀬氏は2010年に仙台で選手を引退し、アンバサダーとして仙台に残り、新しい一歩を踏み出したところで被災。しかし物資を届けたり子供たちとサッカーを楽しんだりするなどいち早く復興支援活動で各地を訪れ、クラブコーディネーターとなった今も、宮城県内各地をまわる。菅井氏は選手時代に被災し、厳しいプレー環境下ながら仲間たちとともに奮闘。2012年のJ1準優勝などに貢献するとともに、復興支援活動にも取り組んだ。2018年をもって現役を退いた後も、地域連携課スタッフとして、ホームタウン各地での活動に従事している。

2020年3月11日時点での日本は、いや世界は、新型コロナウィルスの脅威にさらされている。感染拡大防止のため、やむを得ずJリーグ公式戦も中断し、仙台の練習も一般非公開で続けているところだ。仙台市でも東日本大震災の追悼式典ができないなか、あの日からの思いとともに、今また厳しい状況にある地域に対して何ができるのか。彼らの思いを聞いた。以下は両者のコメントより抜粋である。

平瀬氏「9年経っても、当時の目に焼き付いているものはなかなか取れないものがありますし、この日を迎えるにあたってまた、その日のことが思い浮かんできて、より一層頑張っていかなければいけないという気持ちにさせられます」

菅井氏「9年経ったということで、この思いを風化させてはいけないという思いもありますし、また前を向いて歩き出さないといけません。今、こういう世の中になっていますけれども、いろいろな思いがあると思うので、今日の日というものに、一緒に向き合いながら、この苦しい世の中でも頑張っていかなければと思っています」

Q: 今は震災発生当時とはまた違ったかたちで、人々はなかなかサッカーが楽しめない状況ですが、こういうときにベガルタ仙台はどのような役割を果たせると思いますか?

平瀬氏「僕たちもいろいろなイベントが中止になっている中で、何をすればいいのか、というのが難しいところもあります。でも、できる範囲のところで……たとえばタイミングが合えば、幼稚園や地域の行事に対して少しでも貢献できることがあれば参加していきたいですね。まだ選手たちもなかなか皆さんの前に出られないところもありますから、僕たちはその間にもできる限り盛り上げていきたいと思っています」

菅井氏「難しいですね。でも、今できる部分として、ほかのクラブさんもやっているような動画配信などを僕たちも考え、今、サッカーに飢えている人たちにもっともっとサッカーに対して興味を持ってもらえるようにするとか、今サッカーをやりたくてどうしようもない人たちもいるわけですから、もっとそういう人たちのために手助けができればと思っています」

Q: 東日本大震災発生から9年が経過しましたが、復興は道半ばというところもあります。さらに復興するためにしたいことはありますか?

平瀬氏「南三陸町に行ってみても、まだかさ上げの段階というところも多いですし、仙台市内から離れたところでもまだまだ工事が進められているので、まだ先は長いと思います。僕たちができることは、サッカーだけじゃなくて、いろいろなスポーツ団体が宮城県、仙台市をもっと盛り上げていけるように努力していかないといけないと思いますし、仙台市だけじゃなく、離れたところの方々にももっと声が届くようなことをできればいいなと思っています。僕たちは、気仙沼の方にも行き、いろいろ健康体操やサッカー教室をやっていますので、それを継続してやっていければと思います」

菅井氏「一緒ですね。僕たちがその地域に行って、いろいろなことを伝えて、サッカーだけでなく健康体操や、ほかにも関わり方はいろいろあると思うので、その町自体がどう復興していくのかということについては先は長いのですが、人とのつながりはできると思うので、その部分を大事にしながらやっていきたいと思っています」

それぞれの立場で宮城県内の各市町村を訪れ、活動を続ける平瀬、菅井両氏。自身も被災経験を持ち、この地域の人たちに寄り添ってきた方々の言葉は重い。

reported by 板垣晴朗

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