SIGMACLUBweb

城福浩監督の言葉

はじめに、言葉ありき。

新約聖書の「ヨハネによる福音書」の中にある有名なフレーズである。

この言葉についての解釈は様々あり、いわゆる神学上の意味を分析する力は、筆者にはない。ただここでは、この言葉をそのままの意味で受け取っておこうと思う。

言葉とは何か。それは紛れもなく「意思表示」にほかならない。何がしたいとか、何をしたくないとか、あなたがスキだとかキライだとか、想いを伝えたい時に言葉をつむぐ。そこに嘘があるとしても、その嘘は多くの場合、ばれてしまうものだ。なぜならば、言葉は行動を規定するものであるが、嘘があると行動に矛盾が生じてしまうもの。

いずれにしても、言葉を発することがその人物の意思表現であることは紛れもないわけで、この表現力の有無こそ「誰かに何かをやらせる」という「指導」「マネジメント」にとって、非常に重要なスキルなのである。言葉がない人材に、有効な指導はできない。

へネス・ヴァイスバイラーという1960年代の名将がいた。1964年、ドイツの一無名クラブであったボルシア・メンヒェングラートバッハの監督に就任すると、ギュンター・ネッツァーというドイツサッカー史上でも際だった天才を発掘し、さらに多くのタレントを育てあげてボルシアMGを屈指の強豪に鍛え上げた。ブンデスリーガ4回優勝(ボルシアMG時代に3度、1.FCケルン時代に1度)、UEFAカップも優勝するなど欧州でも結果を残した名将は、1.FCケルン時代に奥寺康彦の才能に惚れ込んで移籍させ、日本人初のブンデスリーガ優勝の栄誉を彼に与えた。

1983年に亡くなった今も名将として尊敬を集める彼は、こんな言葉を残している。

「トレーニング法やフォーメイション、戦術などの知識やアイディアをひけらかして自慢するコーチは多いが、ほとんどが二流だ。コーチの本質的な仕事は、チーム本来の目的を達成することに向けて、選手たちが全力を尽くして取り組むようにマネージメントすること。チーム共通の目的を達成するために全力で戦おうとする姿勢を育成することなんだ」

彼はコーチングスクールでの指導を行った後のレクチャーで「あなたが教えてくれたトレーニング方は我々も知っている。他に斬新な方法はないのか」という質問に対し、こんな言葉で切り返したと言われている。

「トレーニング法よりも大切なのは、誰が選手たちに全力でやらせるのか、ということなんです」

この言葉は確かに重い。

たとえばミハイロ・ペトロヴィッチが広島で確立した戦術は、まぎれもなくオリジナル。森保監督時代に広島が優勝できたのも、今季の最後の最後に残留できたのも、彼が植え付けたコンビネーションサッカーのDNAが活きたからだといっていい。2006年に就任したペトロヴィッチの遺産は、まだ広島に活きていた。「天才」と織田秀和前社長が称しただけのことはある。

しかし、もしペトロヴィッチのキャラクターが、選手たちの信頼を得ていなければ、どんなに天才的な戦術だったとしてもあれほどの成果はあげられなかっただろう。もっといえば、Jリーグを席巻したペトロヴィッチ戦術は、就任当初から完成されていたわけではない。2007年のJ2降格という屈辱を経て徳島戦での1トップ2シャドーの採用と森崎和幸が発想した可変型システムなど、選手たちと共に成長させていった賜物。彼だけではおそらく、あそこまでブラッシュアップされなかったはずである。

つまり2007年の降格で選手が移籍してしまい、チームが崩壊してしまっていたら、その後の広島も、そして浦和もなかったはず。そうならなかったのは一重にペトロヴィッチのキャラクターと、その個性を見抜いて「降格監督の続投」を決めた久保允誉社長(現会長)の決断にあった。

当時、あらゆる選手が言っていたのは「ミシャのもとなら、うまくなれる」だった。それは2007年、あれほど負け続けたにも関わらず、求心力が全く落ちなかったことでもわかる。落ちなかったからこそ、2008年の勝点100得点99、2009年の4位・ACL権利獲得につながっている。

では、なぜ彼は求心力が落ちなかったのか。それはやはり、言葉である。たとえば2007年オフに李漢宰に対して正直に反省の言葉を語り、翌年の起用法も腹を割って語ったという「正直さ」もある。だが何よりも、溢れ出るアイディアを言葉にしてトレーニングから選手に語り続けたことだ。ゴールを決めた選手に対し、「逆方向は見えていたのか」と語りかける。さらに「こういう方法もあるんだ」と実践する。ゆるんだと見えたその瞬間に檄を飛ばし、チームに緊張感を与える。彼の発する言葉の一つ一つが選手の心をつかみ、信頼という名のレンガを積み上げていったのだ。

考えてみれば、風間八宏監督や鹿島の黄金期をつくったオリベイラ監督など、名監督と呼ばれる人々はすべからく、言葉をもっている。森保監督が3度の優勝を果たしたのもこの部分で、その典型が2015年対浦和戦ハーフタイムで「なんしよんなら!宇賀神が怖いのなら、いつでも替えてあげるよ、ミカッ」(少し正確性には欠けるが、要はこういうことである)という激怒であった。

では、城福浩監督はどうなのか。

(残り 3310文字/全文: 5431文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ