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【SIGMACLUB本誌】パトリック/リスペクトを取り戻せ※立ち読み

 

苦悩、そして決意

そのクロスをあげたのは、椋原健太(現岡山)だった。失点に絡み、責任を感じていたサイドバックが「頼む」と信じてボールをあげたその先には、ピッチに入ったばかりのパトリックがいた。ファーサイドに流れたボールに対し、相手を押さえつけながら身体を運び、逆サイドに向けて強烈に叩く。「そこしかない」というコースをたどって、ボールはネットに吸い込まれた。

その瞬間、パトリックはマシンガンパフォーマンスではなくひざまずき、指を天に指して祈りと感謝を捧げた。そして、ハートマークを手でつくり、薬指に口づけをした。

この得点には、大きな意味がある。苦しんで苦しんで、苦しみぬいた2017年シーズンで、ようやく残留への光が広島を照らした瞬間だった。素晴らしい稲垣祥のゴールで先制するも追いつかれ、危険なシーンも多数。それでも我慢を続け、戦い続け、全員で戦って勝利をつかんだ。この勢いのまま、広島は残留を決定。その方向性をつくったのは、間違いなくパトリックのゴール。そしてこれは、パトリックの高さと強さがなければ、生まれ得なかった。

チームとしての意味や価値だけではない。パトリック自身にも大きな意味があった。実はこの時期、彼の愛妻は「珍しい病気」(パトリック)によって入院を余儀なくされていた。病に苦しむ妻の側に寄り添い、子どもの世話をしながらピッチに立たざるをえない。だからこそ、パトリックは自身のパフォーマンスではなく、神様と妻に、ゴールを捧げたのだ。37日間も入院し、病と必死に闘っていた妻のために。  妻は退院した。広島も残留した。しかし、パトリックの心の中は、穏やかではなかった。

15試合4得点。ゴールをあげた全ての試合で勝点を稼ぎ(3勝1分)、先制点・同点弾・決勝点(2点)と全てが意味を持つゴール。間違いなくJ1残留の立役者ではあった。だが、パトリックにとっては満足とは程遠いシーズン。前年の右膝前十字靱帯断裂から復帰して広島に移籍した。移籍2戦目の磐田戦で1得点2アシストの大活躍を見せて以降、彼はトレーニングもまともにできない状況に陥った。膝の痛みが慢性的になり、足が動かない。治療とリハビリが続く日々。練習場に登場するのは試合前日くらいで、コンディションをコントロールする程度に身体を動かすだけ。彼が甲府やG大阪で見せていた運動量も失い、プレー強度も落ち、スピードも見せられない。当初はあれだけ強かった高さも、競り負けることが多くなった。強度の高い練習ができなければ当然、そうなってくる。何よりも膝が万全ではないのだ。走るのも飛ぶのも、そして止まるのもパワーがかかる。その負荷を受け止めているのは関節であり、特に膝には体重がモロにかかってくる。本来であれば、サッカーができる身体だったのかどうか。

シーズン後半、パトリックはベンチスタートが増えた。川崎F戦で初めてスタメンから外れ、最後の3試合で26分間しかプレーできない。それもまた、彼自身にとっては屈辱だった。

「(当時のヨンソン)監督の選択はもちろん、尊重している。ただ、正直な思いを言えば、悲しかった」

広島に移籍できたことは、彼にとっては大きな喜びだった。大怪我の影響もあり、G大阪での出場機会が失われていた彼に対して、獲得の意思を示したクラブは決して少なくなかった。だが、かつてナビスコカップ(現JリーグYBCルヴァンカップ)の決勝やチャンピオンシップで激闘を演じたライバルからのオファーが届いた時、彼は何の迷いもなく広島を選択。「J1に残留させるために広島へ」。そして、苦しみながらも彼は、約束を実行した。

「広島は僕にとってビッグクラブ。そしてミズ(水本)やアオ(青山)、チバ(千葉)。みんな、優しく迎えてくれた。ずっと前から広島にいるかのように、このクラブに馴染むことができた。もちろん(丹羽)ダイキと一緒だったことも大きかったけれど。このチームに自分の経験を伝えたい。なにかを与えないといけない。いい雰囲気にもっていきたい。そう思っていた。

だけど正直、自分自身のプレーはよくなかった。それは、しっかりと分析できている。でも、僕はこの程度の選手ではない。日々のトレーニングからしっかりと意志を示し、試合に出るにふさわしい状況をつくるんだ。自分がまわりからリスペクトしてもらえる存在にもう1度、なるんだ。みんなが知っているパトリックの姿を、取り戻すんだ。そのレベルになれば、チームをもっと助けることもできる。周りも自分と同じように成長できる」

 

(パトリック選手約1万字ドキュメントの続きはぜひ、現在発売中のSIGMACLUB 6月号でお楽しみください。ホームゲーム会場やV-Point、広島県内の各書店、東京の一部書店、インターネットではe-vpointFujisanでご購入可能です)

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