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【SIGMACLUB本誌】青山敏弘/闘魂、復活(立ち読み)

アドバイスを受けていても、聞く耳を持っていなかった

 

俺の身体は、どうなってしまったんだ。

こんなに走れなくなってしまったのか。

こんなに、動けなくなってしまったのか。

2015年、JリーグMVPをつかみ、チャ ンピオンシップで勝利して3度目の優勝を勝 ち取り、クラブワールドカップでは3位をゲッ ト。素晴らしいシーズンを終えた後の青山敏弘 は、ずっと、ずっと、苦しんでいた。自分の思い 通りにならない自分の身体に対して、常に苛 立っていた。

かつての青山は、ミハイロ・ペトロヴィッチ に「エンジン」と称されたほど「走る」ことを武 器としていた。ただ闇雲に走っていたわけでは ない。走って、動いて、また走って。連動性と連 続性を保って、常に青山は走っていた。ピッチ を縦横無尽、前から後ろまでカバーするほどに 走った上で、精密なパスが出せるし、ゴール ネットを揺らせる。だからこそ、彼は日本代表 に選択され、ワールドカップにも出場した。2 012〜2015年まで、海外でのプレーヤー も含め、運動の質と量で青山を凌駕するMFは、 日本人にはいなかったと断言していい。

だが2016年シーズン以降、青山は走れな くなり、動けなくなった。どこか特別な場所に 特別な故障を抱えていたというわけではない。 腰痛は持病といっていいが、それは2015年 以前も同様。試合に出ているという事実がある 以上、不調の理由にはならない。だが、事実とし て、青山そのものであったはずの動きは出ない。 「エンジン」の出力が落ち、アクセルを踏んでも 加速しない。

悩みはプレーのクオリティ低下に現れ、メン タルにも影響した。2017年シーズン、自身 のプレーをほとんど覚えていないというほど 苦しみ、カズ(森﨑)のアドバイスも耳に入らな い。残留を果たしたという事実は嬉しかったが、 自身のプレーぶりにはむしろ絶望すら感じて いた。昨年の紫熊倶楽部でのインタビューでも 言葉が弾むことはなく、ポジティブな意志を表 現することはできなかった。

実はそのインタビュー後、筆者は超一流の サッカー選手に対し、おこがましい言葉を投げ かけた。

「走れない、動けない。その事実を受け入れて、 スタイルを変えてみてもいいんじゃない?カ ズだって、ずっと今のようなスタイルではな かったわけだし。たとえばちょっと深めのとこ ろでプレーするとか。動けないのなら、動かず にプレーするとか」

今でも思い出せば顔から火が噴き出すほど、 恥ずかしい。しかし、シロウトの戯言を青山は 真剣に聞いていた。わらをもすがる想い。ヒン トとなるものならば、なんでも。それほど、追い 詰められていたのだろう。

12月2日、広島はシーズン最終戦で0‐1と 柏に敗戦。15位で屈辱の2017年を終えた。 勝点わずか1差での残留。栄光に満ちた201 5年からわずか2年での転落。誰もが思いもし なかった苦境に、広島も青山も立たされた。

残留を成し遂げたヤン・ヨンソン監督とは 契約満了。クラブは新監督に城福浩氏を招請し た。また、東京五輪代表チームに抜擢を受けた 松本良一フィジカルコーチの後任に池田誠剛 氏を招いた。2人とも経験・実績は十分。しか し2016年、FC東京で共に任期半ばでチー ムを去ったこともあり、この人事をサポーター は決して双手をあげて支持していたわけでは なかった。なぜ、そういう事態になったか。内実 の真実は、決して明白にはならないもの。そし て周囲は、真偽がわからない噂レベルの言葉に 左右されてしまう。それはスポーツに限らない。

一方、青山は何をしていたか。

「自分は(休みであっても)ずっとやり続けて きた。トレーニングしなかったのは、2015 年のオフの時くらい。あの時は12月もすごく試 合があって、力尽きていたから(笑)。サッカー のことを忘れて休んだのはあの時だけです。今回のオフについては、トレーニングは続け ていた。強度はあげていないけれど、動いては いたんです。トレーナーにも相談して、自分の ウイークポイントを改善するために何をすれ ばいいか、そこを考えてやっていましたね。た だ、休む時間がすごく長かったおかげで、精神 的なものも含めて蓄積した疲労がやっととれ た感じはありました」

だが、抱えていた課題が解決したわけではな い。身体はやはり、動かない。

「自分と、ずっと見つめ合ってきた。でも身体 はいい方向にはいかない。今までと同じプレー は、やっぱりできないんだ」

過去2年間、ずっと彼は「試合に出ているの が不思議なくらい」と自虐していた。そして今 年は、その不安が現実になるかもしれない。そ んな予感は、周囲にも漂い始めていた。

人間、調子がよかったり、うまくいっている 時は、周りからの声は耳に入らない。実は客観 的に見ると、いい時にも「穴」が見えているもの で、そこに気づいてアドバイスする人もいる。

「きっと、僕にもそういう声はあったと思う んです。でも、自分はこれでやってきたという 自負があるし、僕自身のオリジナルでやれるん だという気持ちが強かったんだと思います」

実績は、大きな砦である。選手にとっては、 寄って立つものだといっていい。しかし、実績 とはあくまで過去のことであり、未来を保証す るものでもない。もちろん、そんなことは誰も がわかっている。わかっていても、いつしかみ んな、実績に寄りかかる。青山も、そして広島と いうチームも、いつしかそうなっていた。そし てあやうく、破滅するところだった。

大丈夫だよ、アオ。絶対に、良くなる

 

考えてみれば、最高のタイミングで城福監督と池田コーチが広島に来てくれたと思う。監督とコーチには、2016年の悔しさを払拭し、広島でもう1度「天空の青」を臨みたいという野心がある。青山をはじめとする選手たちは、寄ってかかるものであった実績がもはや自分たちを守ってくれるものではないと気づかされ、変わらないといけないと実感していた。変革を起こすには、ベターな組み合わせだった。

「今までのやり方が全て違うということではない。でも、今までのままでいいなんて、誰も思

えない状況があった。そこで生まれる反発力をパワーに変えて、ぶつけるしかない。では、どうやって、どこにぶつけていけばいいのか」

その方向性を示すのは、監督の役割である。城福監督は就任当初、青山ら数人の選手を集め、グループでのミーティングを行った。そこで指揮官は、チームの問題点をズバリと指摘したのである。

 

(青山敏弘選手約1万字ドキュメントの続きはぜひ、SIGMACLUB 5月号でお楽しみください。ホームゲーム会場やV-Point、広島県内の各書店、東京の一部書店、インターネットではe-vpointFujisanでご購入可能です)

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