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【THIS IS FOOTBALL】自分たちのサッカーが存在しない問題

日本代表には森保一がいる。彼の存在がチームの空気を向上させてくれると信じている。

 

 

チームはそう簡単に変わることができない。

2006年6月、ミハイロ・ペトロヴィッチが広島にやってきて、チームを劇的に変えた。だが、そのサッカーが残留を演出するまでの「強さ」を持てるようになったのは、就任から8試合目、対鹿島戦で青山敏弘がプロ初得点を決めて2−0と勝利して以降だ。そこまでは7試合で2勝5敗。7試合で11得点15失点と何ともペトロヴィッチ監督らしい得失点の経緯を記しつつ、順位は15位。降格圏の16位京都まで勝点差1という状況だった。サポーターは不安にかられ、ペトロヴィッチ監督を招聘したフロントに対する批判も増幅。メディアも悲観的な論調を崩せなかった。鹿島戦からの15試合で9勝2分4敗という見事な戦績をおさめるとは、誰も想像できなかった。

一方、2017年は第17節対浦和戦で3-4という乱打戦に屈した後、森保一監督が退任。第18節からヤン・ヨンソン監督が就任してチーム立て直しを図った。だが状態はすぐには回復せず、4試合で1勝1分2敗。第23節の対甲府戦から6戦負けなしの状態が続いたが、その内容は3勝3分と爆発的なものではなく、我慢を続けて6試合3失点と守備でしのぎ、清水戦をのぞいて複数得点がないという攻撃の迫力不足をカバーした。しかしその後は、その守備が我慢できなくなって3連敗。神戸・FC東京と連勝して何とか残留を拾ったが、勝点33は「薄氷の残留」というしかなかった。

ペトロヴィッチ監督の時はサッカーそのものを大きく変革した。独特なサッカー観を全面に押しだし、カウンターを何度くらっても守備のテコ入れをするわけではなく、攻撃・攻撃・攻撃。それまで小野剛監督が構築した「ユニットの連結」としてのチームではなく、全ては攻撃のために選手を配置した。ただ、結果が出るまではそのメンバー構成と配置に苦心。最終ラインを森崎和幸・戸田和幸・盛田剛平という本職のCBが1人もいないという形で構成し、中盤を青山敏弘を扇の要にして森崎浩司・柏木陽介。この形で整備してようやく、闘い方が安定した。

一方、ヨンソン監督の場合は最後の最後まで、適切な配置とメンバー構成に苦しんだ。最終ラインの形を4バックに変えたとはいえ、積極的にボールを狩取りにいくわけではなく、リトリートしてブロックをつくる守備のコンセプトは変わらない。だが一方で、守備ができないアンデルソン・ロペスを中盤で起用することに固執し、負傷が癒えずに動けなくてトレーニングもできないパトリックをフルタイムで使い続けるなど、コンセプトと相容れない起用を続けた。それはヨンソン監督の観察眼に問題があったわけではなく、選手たちの本質的な能力を発掘するための時間がなかったからだ。やがて稲垣祥を再発見し、アンデルソン・ロペスを1トップに配置替えを行い、一時は先発から外していた柴崎晃誠をトップ下に起用することでようやく、チームという「機体」が浮上した。

サッカーに魔法はない。

よく指導者が口にする言葉ではあるが、だいたいどこの世界でも「魔法」などない。勉強も仕事も、全てが積み重ねである。それなくして結果が出たとしても、それは偶然。論理的な裏づけなくして、結果は続かない。

日本代表にしても同様だ。いきなり強くなるはずがない、結果が出ないこともまた、積み重ねだ。

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