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【SIGMACLUB 8月号【明日発売】柏好文/だから僕は、前を向く※無料立ち読み版

サンフレッチェ広島の事務所で柏好文は、熱を込めて言葉を発した。昨年の1210日のことだった。

「広島が持つポテンシャルは、あると思う。例えば、優勝がかかった試合だったら3万人を超える観客が来てくれたし、この前のFC東京戦のようなギリギリの戦いでも22000人を超える人が来てくれた。どんなに勝ったとしてもお客さんが来てくれないという状況ではない。ポテンシャルはあるのなら、そこに選手としてどうやればいいかも考えていきたい。エネルギーに満ちたスタジアムで戦うために」

わずか勝点1差。ギリギリのギリギリであった。肉体もメンタルもボロボロになり、次の年に向かって歩きたいと思っても、その力が残っているかどうかもわからないような状況だった。だが、柏の視線はもう後ろではなく、前を向いていた。広島のポテンシャルを信じ、復活を信じた。

「城福浩監督の就任が決まったね」

そう彼に問いかけた。甲府時代、新監督のもとで指導をうけ、サッカー選手としてのポテンシャルを開花させた柏に、新しい広島の指揮官の姿を聞きたかった。

「サッカー選手として、こうやって広島で戦えているのも、城福監督のおかげだと思っています。どこかでまた一緒に仕事がしたい。心の底からそう思える人です。偉大な指導者と広島でもう一度、同じ目標をもって仕事ができるのは、大きな喜びです。

FC東京では解任されたかもしれないし、甲府でも残留争いを続けた。でも、優勝争いしてもおかしくない、それができる監督だと個人的には思っています。そして一緒に(タイトルを)つかみとりたい。

広島は、こういう順位に終わるようなチームではない。優勝争いをしないといけない。実力もある、意識も高く、まとまりもある集団です。だからこそ、城福さんのもとでもう一度しっかりとやっていけば、今年の苦しい経験も必ず生きてくる。そういうモノ(タイトル)をつかみとるために、個人としてもやっていきたい」

当時、城福監督就任については、サポーターの間でも多様な意見があった。ネガティブな言葉がSNS上で並ぶことも決して珍しいことではなかった。2018年の戦いに対しても、多くは悲観論が並んでいた。そういう空気感の中で、こういうことを選手が発言することは勇気が必要だ。それは日本代表の選手たちの発言でSNSが炎上した一件でも理解できる。

サッカー選手にはネガティブな性質を抱える人が意外と多い。劇的な未来を信じている人は少ないし、自分自身に対して「ダメだ」と考える人が少なくないのも現実だ。ピッチ上で相手と対峙しながら「相手よりもできていない」ことを明白に、残酷なまでに立証されてしまうのがスポーツであり、サッカーだ。そこに言い訳が通用しないのは、選手たち自身がわかっている。客観的に見れば実力で上回られたわけではないと言える状況であっても、それを認めない習性を持つのがプロのアスリートだ。目の前の相手に「こいつには敵わない」と力を見せ付けられる。誇りもプライドも粉々にされてしまう中で、それでもポジティブになれるのか。想像してみてほしい。

名手・柏好文だって、いつもいつも相手を上回っているわけではない。まして2017年のチームの戦績を考えれば、ネガティブになってもしかたないだろう。だが、柏はどういう状況であっても、ポジティブな言葉を発し、ポジティブなプレーを見せ付けてくれる。だからこそ、サポーターは背番号18を信じる。18番に希望を見る。

たとえば昨年の残留劇。「勝ち点1差、運が良かっただけ」と言う人もいるが、柏はこう言いきる。

「力があったから、残留できたんです」

そして、付け加えた。

「それ以上でも、それ以下でもない」

さらに。

「力のないチームは生き残れない。勝ち点1の差は相当に大きい。残留争いを何回も経験している自分は、そう思う」

筆者は尋ねざるを得なくなった。

「落ち込むことって、ないんですか?」

「たぶん、あるでしょうね、それは。人間だもの。でも切り替えは早いです」

「どうして、切り替えられるんですか?」

「次も頑張るってことじゃないですか」

えっ。

意外すぎる答えに戸惑った。

「だって負けても、次にチャンスがあるじゃないですか。それがサッカー選手。ミスをしてメンバーから外れたりしたら、チャンスはないじゃないかと言う人がいるかもしれない。でも練習でアピールすればまたピッチに立てる。チャンスは全員に与えられている。たとえミスしたとしても、チャンスが絶対になくなるわけではないじゃないですか。負けた次の日から練習があって、次に向けてのチャンスがあるんです。だいたい、自分の大好きなサッカーでお金を稼いでご飯を食べられるという事実が最高な状況であり、素晴らしいことじゃないですか」

そして、こういう言葉を付け加えた。

「サッカーで悩めることそのものが、僕自身にとってはいいことなんです。好きなことをやって、それを職業にして、サッカーのことで悩める。非常に素晴らしいことだと自分で思っています。

好きなことを仕事にできていなければ、何か言われたことに対して嫌だなと思うのかもしれない。くよくよするかもしれない。でも自分は好きなことを仕事にできていれば、考え方は変わる。好きなことに対して真剣に悩んで、次はどうしようと解決策を見つけるために考える。それが非常にいいことだし、楽しい。ミスをしてしまっても、それを次に繰り返さないように考える。今度はこうしようと工夫する。それができること自体が、相当に幸せなことなんです。サッカーで悩めること、それ自体が僕自身にとっていいことなんです。好きなことをやって、それを職業にして、サッカーのことで悩める。素晴らしいことなんですよ、本当に」

柏は自分の気持ちを吐き出した。

「僕は本当に、サッカーが楽しいんでしょうね」

繰り返した。

「サッカーっていいですよね」

息を吐き出した。

「プロになったことで、今年31歳になることで、改めてつくづく、そう思いましたね。大好きなサッカーで勝って、いろんな人を笑顔にできて、自分たちのプレーを見ようとスタジアムに来てくださるお客さんも増える。盛り上がってくれる。最高なこと。今シーズン開幕前も言いましたが、スタジアムを満員にする気持ちでやっているんです。まだ最高は2万219人ですが、シーズンが終わる頃には3万人台にして、優勝がかかる試合には満員にしたいんですよ」

この前向きさは、サッカー選手にとっての大きな武器である。失点を引きずってしまえばさらなるミスが生まれて、さらにやられる可能性がある。日本対ベルギー戦、続けざまに失点してしまって同点にされてしまったのは、ある意味「不運」ともいっていい最初の失点を日本チーム自体が切り替えられなかったからだとみてもいい。しかし、柏のようなメンタルであれば、1度は膝を屈しても前をむける。下を向くことはなく、ファイティングポーズをとれる。0−1で投入された2015年チャンピオンシップ第1戦、「全てを自分に(ボールを)つけてくれ」と言い切ってピッチに入り、3得点全てに絡んで決勝点をつかみとった。第2戦も1点のビハインドを跳ね返し、優勝を決定づける同点弾を呼び込んだ。鋼のメンタル。太陽のような前向きさ。柏好文、最大の武器だといっていい。

 

※続きはぜひ、明日発売のSIGMACLUB 8月号本誌で、ご覧下さい。

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