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【SIGMACLUB 8月号【本日発売】松本泰志/いつかは8番※無料立ち読み版

 

天才・森﨑和幸の後継者は誰か。

それは彼が30歳になった頃からサポーターの間で話題になっていた。2012年、カズが完全復活を果たして優勝に大きく貢献した時、「わかっている」人々はみんな、そこを考えた。

なぜか。

たとえば佐藤寿人は歴史的といっていいほどのストライカーであり、髙萩洋次郎のセンスは余人には替えられない。森﨑浩司の強烈かつ繊細な左足に匹敵する選手は今も現れていないし、もちろん青山敏弘は希有な存在だ。

だが、カズのようなスタイルを持つ選手は、他にはいない。ゲームのリズムを90分間握り占め、緩急のスピードに変化をつける。1本のパス、ポジションどり、身体の向き。あらゆる仕草にメッセージを込める。パス成功率95%を超え、中島浩司氏から「アニマル」と表現されるほどの強烈なボール奪取能力を持つ。攻撃も守備も全てにおいて起点となり、まるで全能の神のようにピッチを支配できる。その上で周りの力を100%以上のパワーで引き出す。

そんな選手は、そうそう現れるはずもない。

「カズの後継者は、どうなんでしょう」とサポーターに問われた時、いつも言葉を濁していた。いないのだから。

背番号8を背負いたい若者はたくさんいる。だが、カズが背負ってきた重圧や仕事の重要性まで一緒に背負える選手が果たしているのか。自問し、出てきた答えは「…………」である。だから彼のことを「天才」と表現する。カズ自身は「違います」と言うが、あえてそう表現する。

だが昨年、松本泰志と出会って「もしかしたら彼なら」という気持ちにさせられた。なぜか、そう思う。

もちろん松本に素晴らしい才能が存在するのは、周知の事実だ。だが、才能というのであれば、おそらく彼とカズとではその種類が違う。松本は高校時代まではトップ下で、しかもフィニッシャーでもあった。カズも高校1年まではトップ下でプレーしていたがフィニッシュは弟・浩司に任せていた。彼の特性は、ゴールを次々と決めていくことではない。松本とは違う。

「僕の高校時代(昌平高)は、点を取らないと意味がないと考えていた」

松本は、彼らしい独特のリズムで言葉を紡いだ。

「当時の(藤島)監督からも、ゲームメイクしながらも絶対に点を取れって言われていたんです。1試合1点取れって(笑)」

松本は「点が取れる」選手だった。昌平高にとって初めての出場となった、2016年の広島でのインターハイ。2回戦で2連覇中の東福岡高を3‐2で破り、準々決勝では伝統校である静岡学園を1‐0で撃破してベスト4に進出する快挙を成し遂げたのだが、この大会で松本は5試合3得点。静岡学園戦では決勝点を叩きだすなど、期待されていた得点力をいかんなく発揮した。そしてその実績に注目した広島が彼をそのまま練習に呼び、そこでも結果を残して一気にプロ入りが決まった。その間、わずか1週間。まさにシンデレラボーイだ。

高校時代の彼はパサーではなかった。同級生のボランチ・針谷岳晃(磐田)のパスを受けて攻撃を仕掛けるプレースタイル。パスの出し手ではなく、受け手だったのだ。

「あいつとはプライベートでも仲がよくて。2人で一緒に埼玉から横浜まで遊びに行くくらいで、今も連絡をとりあっています。ただ、ライバルという意識はなかった。お互いにもっていないものをもっていたし、尊敬していましたね。学ぶところが、たくさんある。ノールックで、こっちを見ていないようでも、しっかりと見ていてパスを出してくるんです。欲しいところにボールを出してくるし、アイツの質の高いパスから何点も取っていた。本当に質が高くて、『こいつ、ヤバいな』って思っていたんです。中学の時は蹴って走るサッカーで、僕は後ろからパスを出す役割だった。でも高校に入って前にコンバートされたら、もう楽しくて。昌平高のつなぐサッカーが合っていたのかもしれないですね。ゴール前でアイディアを出して得点を取ったりアシストすることが楽しかった」

プロになれるなんて、思ってもいなかった。小学校の頃にプレーしたチームは原口元気と同じだったが、今年のワールドカップで活躍した先輩はもはや伝説。同じようになれるとは思いもしなかったし、思い出づくりのためにと受けた浦和ジュニアユースのセレクションも一次で落ちた。周りの巧さと比較して、自分の能力に見切りをつけたのだ。大宮まで車で1時間かかる埼玉県東松山市で育ったサッカー少年は、昌平高でも公務員の勉強を続け、父親の職業である消防士に自分もなるんだろうな、と漠然と考えていた。

「プロなんて正直、雲の上の世界だったし、年代別の日本代表とかも全く考えられなかった。それまで、大宮のスカウトの人が見に来たこともあったけれど、自分はそんなに注目されていなかったと思う。

でも、広島のインターハイで人生が変わったんです」

 

※続きはぜひ、本日発売のSIGMACLUB 8月号本誌で、ご覧下さい。

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