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【2018紫熊の戦士】青山敏弘を「育てた」2人のコーチ

青山敏弘は「森保チルドレン」ではない。そもそも1人のプロフェッショナルに対し、「子どもたち」という表現を使うことは、果たして正しいのか、どうか。かつて自身がそんな言葉を使ったことがあるというのなら、不明を恥じるしかない。

ミハイロ・ペトロヴィッチはよく、選手たちを「自分の子どものようだ」と語ったことがある。実際に育成に力を注いだ広島での彼の姿を見れば、「子どもたち」という表現を彼であれば使えると思った。だが、森保一監督だけでなく城福浩監督もそういう表現を使ったことがない。であれば、メディア側も使うべきではない。「○○チルドレン」なる言葉は、1人の大人に対するリスペクトに欠ける。

森保監督は実績のある選手を「再生」というか、力を十分に発揮できる環境をつくるのに長けた指揮官である。例えば森崎和幸の力を存分に引き出し、彼のトップパフォーマンスによってチームを優勝へと導いた。青山敏弘にしても高萩洋次郎にしても、あるいは佐藤寿人や石原直樹、柴崎晃誠も、ミキッチや柏好文、水本裕貴や千葉和彦。森保監督の存在によって持っていた力が最大限に発揮できるようになった。そういう意味では、彼自身は違うというかもしれないが、代表チームの監督に向いているのかもしれない。もちろん一方で、全く実績のなかった清水航平を一本立ちさせ、ドウグラスや浅野拓磨を爆発させたことについては「育成」と言えるのかもしれない。それは、J2から移籍してきた塩谷司も同様である。

育成という言葉は難しい。才能を発掘することと、その才能を開花させることは、違う能力を必要とする。また、才能を発掘することについても、どれほどの意味でそのコーチ(指導者という言い方をすることが多いが、この言葉こそ昨今のスポーツ界の問題に関わるのではないか、と最近考え始めた。適切な日本語が思い浮かばないので「コーチ」と表現することにする。このことについては機会を設けて論じたい)が関わっているのか。どの段階でのコーチがもっとも大きな影響を与えたのか。そこを分けて考えないと「コーチング」というモノの本質が見えなくなる。

青山敏弘について考えれば、発掘者は2人だろう。1人は作陽高校の野村雅之監督、もう1人はやはりミハイロ・ペトロヴィッチ(現札幌)になる。

少年の頃の青山敏弘は、決して特別な存在ではなかった。中学時代は岡山県倉敷市のハジャスFCでサッカーをやっていたのだが、そこで活躍していたとはいえ、絶対的な存在でもない。事実、兄が進み、彼自身も進学を希望した東海大五高(福岡県)は青山敏弘にスカウトの手を伸ばしてこなかった。「中学時代は青山よりも俺の方が上だった」と半ば本気で言う人もいるらしいが、野村監督はそれも嘘とは言い難いと感じている。

「足は決して速くないし、身体も細かった。当時、中国地方で特別に知られた存在ではなかった」(野村監督)

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