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森崎和幸物語/第10章「俺たちの和幸、俺たちの誇り」

 広島の練習では、ビブスをつけたグループが主力組であることを示す。ペトロヴィッチ時代が赤、森保監督になってからは白いビブスが主力の証だ。紅白戦の時にこのビブスを渡されるかどうか、選手たちにとっては緊張の一瞬だと言っていい。

2009929日、森崎和幸は約5ヶ月ぶりにその後はビブスを手にした。「まだ、早いのでは?」「もっと練習試合をこなしてからの方が」という声も、決して少なかったわけではない。だが、そういう懐疑的な言葉をカズは自らのプレーで一掃した。起きることもできないきびしい状況が存在したとは信じがたいクオリティ。服部公太がのちに「日本一上手い」と評したプレーの質は全く錆び付いていなかったのだ。

101日、いつものペトロヴィッチ監督とのやりとりの中で、彼ははっきりと明言した。

「カズは、週末の清水への遠征には帯同する。ただ、5ヶ月もプレーしていない選手に、大きな期待をかけるのは間違いだ。彼がここまで回復したことが、クラブにとっての勝利。カズが遠征に帯同することが今の段階では重要なのであって、プレーするとかしないとかは、大きな問題ではない。(森崎)浩司も近い将来戻ってくると思うし、そうなればやはり、クラブの大きな勝利だ。

カズについての起用法は、私の中ではもう確立している。あとは、カズ自身が決めること。彼がいけるというのであれば、私はカズを100%信頼しているから。彼とは常にコンタクトしてきたし、練習に戻った後もコミュニケーションを密にしてきた。ただ、昨日の練習の後に話をした時、カズは自信にあふれたポジティブな印象を私に与えてくれた。それは、チームにとっても非常に重要なことだ」

翌日、5ヶ月ぶりに遠征に向かう準備を整えたカズは、淡々と言葉を残した。それはいつもどおりの光景。まだ弟・浩司が戦列に戻ってきてはいなかったが、広島に「いつもどおり」がようやく、戻りつつあった。

「いろんな人に感謝したい。それしかない。家族もずっと支えてくれたし、監督も(自分を)見捨てずにずっと信じて待ってくれていた。今回、少し(実戦復帰は)早いかな、とは思ったけれど、こうして遠征メンバーにも入れてくれた。

自分のブログにもたくさんのメッセージが寄せられていた。サポーターの方にも本当に支えられている。その感謝の気持ちを、ピッチで表現できればいい。とにかく、ブログへのメッセージは、本当に多かった。いつもは書き込まないような人も、今回は書いてくれた。その中の大半が『復帰してくれてありがとう』というメッセージ。そういう感謝は、自分が言いたかった言葉。そう言ってもらえることは、本当に幸せだと思う」

「いけると思うか?」

心配だった。プレーの質や感覚は問題ない。ただ、体力的な不安は抱えていたし、球際も当時の清水は特に厳しかった。

「昨日、メンバーを決めないといけなかったので、監督が(いけるかと)聞いてきた。その時に、いけると思った。まだベストの状態とは言えないし、久しぶりの公式戦なんで、どうなるか自分でもわからない。だけど、できる可能性はあると自分で思えたし、その可能性にかけてみようと思ったんです」

「久しぶりに遠征用のシャツを来たと思うけれど」

「そうですね(笑)。今年は、夏服は初めてだけど(笑)。こうして、みんなと遠征に帯同できること、そんなちょっとしたことが、自分にとっての喜びになる。

例えば寿人は、キャプテンマークには長期離脱の選手の背番号を刻んでいるんだけど、僕が離脱した時にすぐ『あえてカズの番号は入れない』とメールをくれた。早く戻ってきてくれると信じてくれていたんです。

あの時、自分自身は正直、復帰は無理だと思っていた。だけど、そうやってチームメイトが信じていてくれたから、こうやって戻ってくることができた。だから、遠征に行くからにはしっかりと、チームのために戦いたいと思う。

周りとのコンビネーションも、問題はない。初めてやるメンバーではないし。今はまだ、みんなにサポートしてもらいながらプレーしている段階だけど、なんとか自分がみんなをサポートできるように。ここまで結果を出してくれた立役者の(中島)浩司さんとイリアン(ストヤノフ)のためにも、頑張っていけたらいいと思う。

自分にとって、ここまで戻ってこれたこと自体が、奇跡。ただ、あえて言うなら、ここまで13年間も日本平では勝っていないし、今の清水も12戦連続不敗記録を続けている。そこで明日、もう一度『奇跡』というか、何かを起こせるようにやっていけたらいいな、と思っています」

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