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森崎和幸物語/第14章「天才の本領発揮、その胎動」

磐田戦、カズがピッチに入る前に「カズッ」と磐田・名波浩監督が声をかけてハイタッチ。カズの力を早くから認めてくれていた1人である。

 

2011年、森﨑和幸は2008年以来3年ぶりにシーズンを通して働いた。だが、それは決して、慢性疲労症候群という病気から解放されたわけではない。心身への負担を最小限にするため、取材が制限される時もあった。言葉を聞いても前向きではなく、戦う男の魂を感じることは難しい状況。

ただ、基本的には回復基調ではあったはずだ。もし、病気が最大の力をもって彼を襲っていたとしたら、ピッチには絶対に立てない。この病気は、甘くはない。彼が苦しんでいたのは、いわば後遺症。元の状態に戻るための一里塚だった。一方で、この病については根治することはほとんどないと言われている。カズは、常に何らかの症状と闘っていかねばならない宿命を負ってしまったのだ。

この年、彼はその宿命をしっかりと受け入れた。今まで、ことサッカーに関しては常に完璧を求め、日々の暮らしもサッカーのために過ごしてきた。それが時に彼自身を窮屈な空間に押し込め、ハンドルでいうところの「遊び」も生み出すことができなかったのかもしれない。

だが、カズがこの病を受け入れたことで、日々の暮らしから「予兆」を感じることができるようになった。というよりは、「自分自身の身体が発する信号」に耳を傾けることができるようになってきたのだ。だからこそ、身体が重くても、意欲に問題を抱えても、その予兆を感じたところで生活や練習に取り組む姿勢を意識的に変化させることができた。それが、苦しくても1年を通してピッチに立つことができた要因である。

「この病気にかかったことで、僕はいろんなことを学ぶことができました」

2011年当時のカズは、こんな言葉を発している。

「僕はそれまで、サッカーに関しては妥協を許さなかった。自分の描いたようにできないと、『なぜ、できないんだ』とすぐに思ってしまう。それが悪いとは思わないけれど、でも考え方をネガティブではなく前向きに捉えればいいと、診てもらっていたドクターの言葉から感じるようになったんです。たとえば『今は仕方がない状況なんだ。だったら他にできることをやればいい』とか。そう考えるようになると、いらないところで力を使わずによくなったんですよね。

僕の人生は、サッカーが全てでした。私生活も何もかも、サッカーが基盤。プレーがうまくいかないと、それを生活にも持ち込んでしまっていた。たしかに、プロサッカー選手という職業は甘いものではないし、徹底して突き詰めるべき。だけど、サッカーが人生の全てではなかったと気づいたんです。まずは、自分の健康な生活があってこそ。その生活を楽しむこと。

ただ、僕の性格は、変えられない。どうしても、サッカー=生活になってしまう。だけど、そういう考えに陥りそうなスイッチの入り際を見極め、そこからどうポジティブに変えていくか、それは自分の意識でやれることかなって思うんですよ」

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