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【2019年に向けて】野津田岳人/自分自身の7番

広島にはいくつか、伝統の番号がある。

GK王国の象徴ともいうべき1番は、前川和也・下田崇・西川周作・林卓人と引き継いだ。全員が日本代表である。駒野友一・槙野智章・千葉和彦と並んだ5番の系譜に今年、吉野恭平が名前を連ねた。間違いなく重圧だろう。だが、乗り越えられると信じている。風間八宏から吉田康弘と続き、大久保誠から森崎和幸という8番は、技術者の流れ。サッカーを理解しつくした本物のゲームメイカーたちだ。

10番は高木琢也・久保竜彦という日本代表ストライカー。一時、柏木陽介や高萩洋次郎といったチャンスメイカーの流れになりかけたが。浅野拓磨から再びFWになり、今年はパトリック。ブラジル人FWとしてはウエズレイ以来となる。11番は言うまでもあるまい。藤本主税から茂木弘人を経由して佐藤寿人。まだ、11番を引き継げるFWは現れていない。また6番も1994年ステージ優勝の立役者であるイワン・ハシェックから田中マルクス闘莉王、セザール・サンパイオ、そして青山敏弘とつながる。

広島の歴史を創った背番号の中で、もっとも重要性の高いナンバーの一つが、7番だ。2002年、森保一から森崎浩司へと受け継がれたこの番号を日本人でつけたのは、2016年の森崎浩司引退まで、2人だけ。クルークとビドマーという2人の外国人選手がつけたものの、それは森保が京都に期限付き移籍していた1998年シーズンのみ。実質、森保と浩司、2人の偉大なる選手の番号と言っていい。

浩司の引退後、茶島雄介が背負ったが、昨年から彼は千葉に期限付き移籍中。昨年からシーズン途中でも背番号の変更が自由になったこともあり、クラブは期限付き移籍選手の番号を空けないという施策を実施。その中で、野津田岳人に背番号7を打診した。

実際、森崎浩司は「チャジ(茶島)の7番もいい。広島ユースの後輩につけてもらえるのは」と言っていた。ただ、野津田の復帰が決まった時、同じレフティでアタッカーの彼に7番を引き継がせたいという気持ちが強くなっていた。

「浩司さんにそう言ってもらえたのは、本当に嬉しかった」

若者は正直だ。

「自分も7番を身につけたかったし、それはクラブにも伝えていたんです。できるものなら、と。だから、本当に幸せです。その気持ちを浩司さんに伝えたら、めちゃくちゃ喜んでいただけました。それも嬉しかった」

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