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【サッカーライターの生活】料理担当、はじめました。

ここ数週間、家の食事を担当している。この写真は先日、家でつくったお好み焼き(関西風)だ。凝ったものは時間の関係でできない。お好み焼きは時短できるメニューであり、しかも腹持ちがする。まずまずの出来だった。

別に一緒に住んでいる我がカメラマン(妻とも言う)から何かを言われたわけではない。そもそも彼女は、僕に家事をやらせたがらない人だ。後片付けをやろうとすると「そんなことは、やらなくていいから」ときつめに言われてきたし、洗濯も掃除も、一切させない。僕がやるのは、ゴミ出しくらいだ。

しかし、そもそも彼女に料理を教えたのは、僕である。居酒屋でカウンターに入っていた経験があり、またキャンプでも料理をつくってきた。一方、付き合い始めた当初、もう33年前にもなるが、彼女は本当に何もできなかった。

インスタントラーメンの汁が全て麺に吸われ、丼には「汁なし味噌ラーメン」が。それをニコニコした表情で「どうぞ」と言われた時は、「目が点になるとは、こういうことなんだ」と妙に納得してしまった。

ある日、カレーライスをつくろうということになった。「私がつくる」と張り切った彼女だったが、1時間たっても1時間30分たっても、カレーの美味しそうな香りがキッチンから流れてこない。どうしたんだろうとキッチンを覗いてみると、彼女はずっと、サラダ用のキャベツを切ろうとして悪戦苦闘していた。下図が「苦闘」の理由である。彼女のやり方は右側。いつまでたったも、これでは切れない。

まあ、こういう時代があったことを考えれば、彼女の成長は素晴らしい。味噌汁の出汁はしっかりと昆布と鰹節でとってくれる。出汁の存在そのものを知らなかった時代があったとは、思えない。

ただ、彼女は専業主婦には全く向いていない人である。一生懸命、家事をずっと頑張ってきた人だし、そうすることで僕を支えようとしてくれた。だが、本質的には、家事は嫌いである。仕事をしていなかった専業主婦時代、彼女はメンタルが追い込まれそうになったこともある。それを自分で感じて「仕事がしたい」と言い出した。まだ長男も幼稚園には行けない年齢の頃である。

おそらく、そのままずっと家にいたら、今のような明るさは保てなかったかもしれない。仕事を始めて、彼女の顔色は本当によくなった。毎日が楽しそうだし、チャレンジ精神も出てきた。しかし、当時の彼女は何も言わなかったが、仕事をするから僕に家事を手伝えなんて、言えなかったのだろう。サラリーマン時代は毎日毎日、深夜まで残業。フリーになった後も、家でずっと夜中まで原稿を書いていた僕に、「手伝ってほしい」とは言えなかったのかもしれない。

いずれにしても、彼女にとって家事は重荷だった。そしてそれは、本来のSIGMACLUBの仕事にまで悪影響を及ぼしかねなかった。仕事量はオーバーフローで、やるべきこともできていない。そのことによって、メンタル的にも不安定さが見えた。

僕は仕事を整理する必要があると思った。もちろん、売り上げは伸ばしたい。利益も出さないといけない。しかし、このままでは彼女が疲弊し、結果として会社としても、うまくいかなくなる。肉体的にはきつい時代に入ってきたが、仕事のやり方を棚卸しして分別・整理し、時間をひねりだそう。そのためにはまず、彼女がたとえいやがっても自分ができる家事をまずは一つ、やっていこう。いきなりたくさんは無理だし、自分にも仕事がある。だけど、できることをやっていこう。

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