湯麺戸塚にいく(海江田哲朗)【J論】

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【SIGMACLUB6月号】佐々木翔インタビュー/平成の男、昭和と令和を語る※抜粋(無料記事)

……子どもの頃から憧れていたサッカーのヒーローは?
佐々木●難しいなあ。
……サッカー以外のヒーローでもいいけれど。
佐々木●……、いないかなあ。
……平成の人って、「俺のヒーロー」って意外ともっていないのかな。
佐々木●うーん、どうなんでしょうね。よくインタビューでも、少年時代に憧れていた選手って聴かれるんですが、本当にいないんですよね。仕方ないから答えていたのがロベカル(ロベルト・カルロス)なんですよ。サイドバックをずっとやってきたこともあって。でも、ヒーローって存在ではないです。左サイドバックの上手い人って感じで。
……サッカー選手だけでなくて、特撮ものとかアイドルとかアーティストとか。
佐々木●うーん、どうなんでしょうね。
……キン消し(キン肉マン消しゴム)の時代じゃないですものね。
佐々木●その時代にお金をもってみたかった(笑)。サッカーとゲームしかしてこなかったですからね、少年時代は。テレビも見ていたけれど、小学校の頃から「ロンドンハーツ」を見ていたくらいで。
……まじで?「ブラックメール」とか?
佐々木●「ブラックメール、送信。ズキュン」から、見ていました(笑)。三角関係のヤツとか。どんなお笑いでも、見ていた。
……「ロンハー」は最初、深夜の番組だったし、なかなか大人びていたんですね。
佐々木●まあ、イキっていたんじゃないですか(笑)。でも、友だちとメールで遊んでいたり。中学生の時には「トクメール」っていうのがあったんです。例えば僕の友だちであるAくんの友だちや彼女に、僕がAくんになりすまして文面を考えて送るとか(苦笑)。そういうイタズラをしていました。よい子は真似をしちゃダメですよ。
……とにかく、サッカーとゲーム。
佐々木●はい。あとは友だちと遊ぶか。
……その時代に、自分がプロになって広島でプレーするとか、想像していないですよね。
佐々木●そもそも、プロになれるとは思っていなかった。大学くらいまでは、ずっと(プロになるとは)考えていなかった。ただサッカーが好きで、理由も特になく続けていた。
高校を卒業する時は(自分の進路について)迷いました。でも母親がその時、「大学は出ておきなさい。手に職をつけることを急ぐより、大卒という肩書きも必要だから」と言ってくれた。そのあたりから、サッカーで自分に興味を示してくれた大学もあったので、(神奈川大に進学して)続けてこれた。
……もしかしたら、高校を卒業して大学にも行かずに。
佐々木●専門学校で学んでスキルを身につけて、仕事をしようとも考えていました。
……どういう専門学校?
佐々木●トヨタが経営する整備士を育成する自動車大学校(専門学校)があって、そこを卒業すれば就職率はほぼ100%。そこに行って資格もとって、仕事にもつけるなと。
……専門学校で手に職と言うから、美容師さんとかかな、と。
佐々木●いやいや、そこは考えたことはなかったです(笑)。向いてない。
……手先の作業は?
佐々木●実は器用で、裁縫が得意なんです(笑)。やろうと思えば、なんでもできます。
……なるほど。
佐々木●実は僕、父親がいないんです。母子家庭で育って、じいちゃん・ばあちゃんッ子なんですよ。そういう環境もあって、大学には行かずに仕事に就こうと思ったんですね。
……そうだったんですね。
佐々木●で、ばあちゃんが裁縫が得意で、いろいろやってもらっていたのを見て、家庭科の裁縫の授業の時には気合いが入っていた。みんなが三つつくるところを四つつくるとか、そういうことは気色悪くやっていましたね(苦笑)。
……大学に行くかどうか、人生を分けた。
佐々木●まあ、そうかもしれないですね。深くまでは考えていなかったけれど、いつまでもサッカーはできないし、家族にも迷惑をかけられないと思っていたから。そういう気持ちもあったので、資料を(専門学校に)請求して情報を得ようとしていたところではあったんです。

 

(詳しくは現在発売中のSIGMACLUB6月号をごらんください)

 

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