再現性の低いサッカーに未来はないのか?風間グランパスとポステコ・マリノスで分かれた明暗(J論)

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【SIGMACLUBNEWS】天皇杯初戦、勝利。青山復帰。一誠・俊介との再会。

【TODAY’S CONTENTS】

■試合レビューをモバイルサイトにアップ。

■ジャイアントキリングが連発するなか、よく勝利した

■山本拓也社長に取材。SIGMACLUB本誌に掲載予定。

監督・選手コメントはTSSサンフレッチェ広島公式モバイルサイトにアップしています。

■青山敏弘、復帰

今回は本当に苦しんだレビュー原稿の書きだしをご紹介いたします。

 

 彼は、紛れもなく、そこにいた。
 背番号6が、間違いなく、そこに立っていた。
 もしかしたら、もう無理なのかもしれないと想っていた。
 ボールを蹴る姿も見ることはないのかもと想っていた。
 しかし、青山敏弘、彼はそこに立っていた。
 爆風のような拍手。歓声。そのすべては、青山のために。
 強烈な左足FKから東俊希のゴールを演出した野津田岳人が、笑顔で青山に近づいた。
 「一緒にやりたかったけれど、それはまた、次の機会に」
 7番から襷を受けた6番、慣れ親しんだボランチの位置へ。そこに立っていたのは、高柳一誠。かつてライバルとして鎬を削り、仲間として励ましあった仲だ。遭遇。そして手を合わせた。
 青山は、まぎれもなく、ここにいた。
 1月、日本代表から離脱してタイキャンプに合流した時、彼は歩くことすらままならなかった。代表のドクターが「手術が必要」というほど、膝は悪化していた。日本からやってきた亀尾徹メディカルアドバイザーがピタリとついて共に歩くのだが、その足下は覚束ない。フラリ。身体も揺れていた。
 「手術をするのか」
 当時、足立修強化部長に言葉をかけた時、「まだ決まっていない。日本に戻って、ウチのメディカルスタッフに状態を見てもらってから」と語った。そうは言っても手術は避けられまい。手術したならば、2019年シーズン、彼の姿をピッチで見ることはできないと思った。だが、広島と青山が下した結論は「手術をしない。保存療法でいく」だった。
 大きなチャレンジだ。2019年に復帰するための困難な挑戦だった。絶対にできるという保証はない。むしろ、可能性は五分五分以下だったかもしれない。それでも、復帰のために、自身のサッカー人生のために、厳しいチャレンジを選択したのだ。
 治療。リハビリ。治療。リハビリ。
 骨折等の経験がある人であればわかるが、本当に辛い。元に戻るという保証はないし、メンタル的な不安は存在する。痛みはあるし、良くなっているという実感も薄い。それでも、やらないといけない。やるしかない。

(全文はぜひ、モバイルサイトで)

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