田代有三はなぜオーストラリアでセカンドキャリアをスタートさせたのか?(J論)

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【日々、紫熊倶楽部】ラジオに出演してきました。そして「宇宙戦艦ヤマト」をリクエストしたこと

広島FMには、「GOAーL」という老舗のラジオ番組がある。たしかJリーグ開幕の頃からオンエアされているはずで、Jリーグが厳しい状況にある時も変わらず、クラブをサポートしてきてくれた歴史あるプログラムだ。

ありがたいことに、僕はフリーになった頃からよく、この番組に出させていただいた。当時のディレクターであった屋形英貴さんによくしてもらったし、2代目のパーソナリティ(たしか、2代目だったはず)のいまおかゆう子さんにも、本当に勉強させていただいた。そして今は、3代目パーソナリティの磯貝修也さんがディレクターで、4代目の貢藤十六さんがパーソナリティを務めている。今年で11年目。最初はサッカーのことはあまりご存じではない様子だったが、すごく真面目で勉強熱心。今や、戦術的なところにも一家言を持つ人だ。彼も、そしてこの番組も、間違いなくサンフレッチェ広島の歴史を刻み続けている1つの要素である。

昨日、この「GOA-L」に4ヶ月ぶりの出演を果たすことができた。鳥栖戦で快勝し、トレーニングマッチで青山敏弘の復帰を取材した後だけに、楽しくお話ができた。時間が限られているだけに(といっても1時間番組)すべてをお話するのは難しかったが。

この日の番組で、話が中途半端になってしまったことを書きたい。それは、この番組でリクエストした「宇宙戦艦ヤマト」について、だ。

まぎれもなくこの作品は、日本アニメ界の金字塔である。

プロデューサーの西崎義展氏(故人)が覚醒剤などで逮捕されるなど、浮き沈みの激しい人だったこと、「さらば宇宙戦艦ヤマト」で最後だと言っていたにもかかわらず、何度も作品を創ったことによる「言行不一致」などもあり、「機動戦士ガンダム」や「エヴァンゲリオン」などに比べて、正当な評価を得られていないと感じるが、この作品なくして、日本のアニメが「子ども向け」から脱却することはなかったことは現実だ。実際、これほどの長編アニメが日本の劇場で映画として公開されることは「東映まんかまつり」の子ども向け映画を除いてはなかったと記憶している。

この作品の画期的なところは、戦艦大和を宇宙を飛べる船として蘇らせるという大胆な発想である。「宇宙戦艦」という発想がそれまでのSF映画にあったかどうかは、知識はない。しかし、1974年の放映開始時はまだ「スターウォーズ」はなかったことは確かで、その大胆さに僕は興奮したことを覚えている。

この作品に出てくるガミラスは当初、悪の星として描かれていたが、次第に「悪」だけの存在ではなくなった。彼らがなぜ宇宙進出をやらねばならなかったか、なぜ地球を欲しなければならなかったか、彼らなりのロジックが存在したことで、この物語が実は単純な「勧善懲悪」ではないことがストーリーを追う毎に明らかになる。それは、かつて「鉄腕アトム」「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」でも呈示された「悪とは何か」「正義とは何か」というテーゼを受け継ぐもので、日本のアニメ・特撮ものの特徴。しかし、その当時はそういう作品が消えて、シンプルな勧善懲悪モノばかりだったような気がしている。だから、「ヤマト」のストーリーには、衝撃を受けた。

この作品の主人公は確かに古代進だが、彼は完璧なヒーローではなく、弱点や欠点も多く持つ未完成の若者として書かれている。正直、テレビ放映時の彼は、主人公は主人公なのだろうけれど、その存在感は艦長・沖田十三と比較すると希薄だったとさえ言える。この作品は、日本のアニメとしては珍しい「群像劇」で、「七人の侍」のようにそれぞれのキャラクターがしっかりと描かれていた。それが、作品自体に厚みを加えていると言える。

まあ、すべての乗組員が日本人であり、彼らが地球そのものの運命を背負うという設定は、当時から違和感はあった。普通は、世界各国から選抜されるだろうし、女性も森雪ただ1人というのも含めて、もっと幅広いチーム構成がもとめられるだろう。「ガンダム」のような無国籍的なグルーブのつくり方になるのがコモンセンスだと思うが、そういうことも含めて「時代」だということだ。ハリウッド映画のSF大作が多くの場合、アメリカ人しかいなかったのと同様に。ウルトラマンの「地球防衛軍」は世界的な組織だったが、怪獣がいつも日本に出現していたのと同様に。

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