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【訃報】サンフレッチェ広島初代社長を務めた古田徳昌氏がご逝去

1991年にマツダサッカークラブのJリーグ参加を決断し、翌年からサンフレッチェ広島初代社長に就任してクラブの土台をつくりあげた古田徳昌氏が9月9日、心不全のため東京都内の病院でご逝去された。

古田氏は1981 年に通商産業省(現経済産業省)を退官後、1985年にマツダ株式会社に入社。1987年、外部出資者としては初となる社長に就任。販売5チャンネル化を推進した他、在任中にはライトウエイトスポーツカーの傑作「ユーノス・ロードスター」(現マツダ・ロードスター)を発売。また、マツダがルマン24時間レースに優勝したのも、古田社長の時である。

日本サッカー界の名門クラブであったマツダサッカークラブは当初、1993年に開幕するJリーグに対しては、財政上の理由で参画に消極的だった。しかし、市民からの要望が高まったこともあり、1991年1月22日に竹下虎之助広島県知事(当時)との会談を経て、参画を決断。翌日、Jリーグ参画を正式に表明した。1992年、マツダを退社した古田氏はサンフレッチェ広島初代社長に就任。1995年まで務め、1994年のステージ優勝も経験した。

古田初代社長の存在なくして、サンフレッチェ広島の今はないと確信しています。

ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。

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