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【紫熊の戦士】紫の清水航平、ここにあり。

勝負を決したドウグラス・ヴィエイラのゴールは、スタジアムを歓喜の渦に巻き込んだ。喧噪が途切れない状況で、神戸はそれでもキックオフをしなければならない。試合はまだ続いていた。

田中順也、ボールを下げる。インサイドハーフを経由し、酒井高徳からフェルマーレン、ダンクレー。右に大きく開いた藤谷壮へ。攻撃への意欲もそれほど感じない。そこにあえてプレスをかける紫熊の戦士。清水航平である。

「数的優位は自分たち。だったら高い位置でプレスをかければ、相手は間違いなく嫌がる」

5-2、後半アディショナルタイムという状況になってもなお、手を緩めない。最後の最後まで全力を尽くす。それがプロフェッショナリズムであり、スポーツマンシップだ。

藤谷は縦に運ぶことができず、ダンクレーへ。そこに森島司が行く。清水の積極性に触発され、90分間走り抜いた若者は自分を奮い立たせる。

森島のプレスを嫌がったストッパーは、高い位置に張り出したゴールキーパーへ。そこにドウグラス・ヴィエイラが圧力をかける。ボールコントロールをミスした飯倉大樹に身体を密着させ、ノーファウルでボールを奪った。そして森島が軽くボールを止め、狙い澄ましてゴールへ。神戸の選手たちはただ呆然とボールの行方を見守るだけ。トドメのトドメ。演出者は途中出場でチームを引き締めたプロ12年目のベテランだ。

城福浩監督は、この時の清水が敢行したプレスを高く評価。ミーティングで選手たちに映像を見せ、素晴らしさを解説した。

「あれは、神戸が集中力を切らしていたからゴールになったのではない」

言葉を続けた。

「(ダンクレーからの)横パスに対し、航平が猛然とプレスをかけた。そうなると当然、相手は後ろに下げざるを得ない。そこからモリシ、ドグのプレッシャーがつながり、ゴールに結びついた。航平の積極的なプレスがあってこそのゴール。これは、我々のスタート地点なんだ。あのプレスは守備の大原則でありベーシック。たとえ5点が入った後でもアディショナルタイムであっても、それは変わらない。どういう状況にあっても、ボールの移動中は誰のボールでもないわけで、そこに向かって靴1足分でも寄せること。そういう大原則を常にやりぬこうとしたことで生まれたこの得点は、広島にとってすごく大事なゴールなんだ。5-2と6-2では全く違う。ここからスタートしたいし、このことをみんなと共有したい」

絶賛。この試合の清水はその称賛に値する仕事をやりとげた。83分に投入されてすぐ自身のスローインから川辺駿のゴールを呼び込んだ。それは、たまたまではない。彼が選択したスローインのコースは前。ドウグラス・ヴィエイラに難しいボールを投げ入れた。横でもいいし、もっと近くでもいい。あるいはスペースに投げ込んで陣地を回復してもいい。しかし、彼はドウグラス・ヴィエイラを選択した。「引くのではなく点をとりにいくぞ。こっちは1人、多いんだ」。そんな意志がこもっていたから、ドウグラス・ヴィエイラのサイドチェンジが生まれ、森島・川辺とつながっての決定的な4点目が導かれた。

89分には一気に縦に抜けると見せかけて藤谷を翻弄し、元気印のサイドアタッカーを低い位置に押し込めた。そこからのポゼッションがチャンスの起点となり、ドウグラス・ヴィエイラや森島のビッグチャンスに繋がった。そして14番のヒールパスをPA内で受けた清水の強烈なシュートのこぼれが、ストライカーのゴールに直結した。彼の投入後に生まれた3得点、すべてに清水は絡んでいたのである。「難しい状況で入ったんだけど、終わってみればあんな結果に」とベテランは笑った。

強い決意をもって広島に戻ってきた清水航平は、キャンプから質の高いプレーと激しい気迫で城福浩監督の信頼を獲得。ACLでは多くの試合で先発し、リーグ戦でも常にベンチ入り。しかし、リーグ戦で先発の機会を与えられた2試合で結果を出せず、7月31日の対川崎F戦で3-0の状況で投入されて20分のプレーをやりきった後、彼はリーグ戦のベンチから外れた。

若い頃の彼であれば、間違いなくへそを曲げていた。練習場でも露骨にわかるほど、やる気を失った。だが、今の清水航平は違う。苦境に立ってもいつもどおり。トレーニングは100%の力でやりきり、ダウンでジョギングしながら同じ立場にある吉野恭平やベンチには入っても出場機会を失っていた渡大生らと、笑顔で言葉をかわしていた。

もちろん、悔しくないはずがない。どうして、俺がベンチ外なんだ。そんな自問自答を繰り返し、沈み込んだとしても不思議ではない。2012年の初優勝に大きく貢献し、2015年の終盤もまばゆい輝きを見せて年間順位1位、チャンピオンシップ優勝に大きな力となった。実績は素晴らしい。だからこそ、ベンチにも入れないのは屈辱以外の何ものでもなかったはずだ。

「僕はどうしてベンチ外なんですか。何が足りないんでしょうか」

ある日、彼は城福監督に直接、質問を投げかけた。できそうで、できない。勇気がいる。

率直な選手の質問に、指揮官もストレートに言葉を返した。

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