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【紫熊の戦士】川辺駿/点をとれる男

美しい同点ゴールは川辺駿の「止まる」から生まれた。

 

 

嫌な空気が日本平を包んでいた。支配していたのは鈍い灰色の空と雨。重苦しい雰囲気を跳ね返そうと紫の声援が飛んではいたが、オレンジの必死さと相殺されてしまう。

ボールは動いていた。選手たちも走っていた。ただ、それだけでは歓喜は訪れない。工夫がいる。知性がいる。技術だけでも戦術だけでも難しい。相手を驚かせるアイディアも必要だ。特にブロックを自陣で固め、守ることを強く意識した集団の思惑を破壊するには、「点をとる」という覚悟だけでなく、そのために何をするべきかという設計図が必要となってくる。チームとしてだけでなく、個人としても。

54分の広島は、青山敏弘を中心にボールを後ろで回していた。この時、川辺駿は4-4と綺麗に並んでいたオレンジ・ブロックの中にいた。彼のようなボールプレーヤーはここでポジションを下げてボールを受けに行きたくなるもの。まして、オリジナルポジションはボランチ。本能的に下がりたくなる。

だが、40番は我慢を続ける。意識するのは、ドウグラス・ヴィエイラ。CFの近くにいること。味方はきっと、ここにボールを入れる。その時が勝負だ。確信をもって、彼はそこに立った。

ボールが左に流れる。広島得意のレフトサイドだ。川辺の位置はほぼ真ん中。ドウグラス・ヴィエイラの近くを確保している。二見の監視を受けてはいるが、形としては1 on 1。外せる。川辺ならば、できる。

佐々木翔のダイレクトパスを森島司が1タッチでドウグラス・ヴィエイラへ。ストライカー、前を向いた。この時、1トップ2シャドーはいつもとは形が逆になる。ドウグラス・ヴィエイラを底にした逆三角形だ。ただ、この時はもっともゴールに近い川辺を抑えるために、二見と松原が2人で若者を見ていた。ドウグラス・ヴィエイラのスルーパスは真ん中ではなく左へ。森島、そしてスタートを切っていた柏好文へ。

川辺は慌てない。PA内で、あえて止まった。柏が抜け出した時、ゴール前に飛びこみたくなる。だが、彼は止まっていた。今季、既に8得点を叩き込んでいるサイドアタッカーへの対応に、清水のCBが動くのがわかっていたからだ。

サッカーにおいて「走る」「動く」ことは当然、もっとも重要な「スキル」である。しかし、その「走る」「動く」を繰り返す中で、あえて「止まる」を入れることがどれほど効果的か。周りが動いている中で、自分は止まる。周りが走っていなけれは、そこで走る。「走る」「動く」は一つの手段に過ぎない。大切なのは「プレーすること」である。そのために、川辺は止まった。止まることで、自由になれた。ダイレクトの左足は、松原の股の間を通ってゴールに収まった。

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