再現性の低いサッカーに未来はないのか?風間グランパスとポステコ・マリノスで分かれた明暗(J論)

SIGMACLUBweb

【THIS IS FOOTBALL】サンフレッチェ広島として続けないといけないこと

失点の責任を全身で感じていた森島司だが、ここまで一つの警告も受けていないことも事実。

 

サッカー選手は聖人君子ではないし、その必要もない。生々しい人間であるべきで、時には羽目を外したり、感情的になったり、声を荒げてもいい。

戦うということは、生きるか死ぬか。DEAD OR ALIVEという空気感の中で、高みからモノを見るような冷静さばかりでは魅力がない。もちろん、熱くなりすぎてばかりでは勝利に必要な知性を生み出すことはできないが、スポーツの魅力は何かと問われれば、熱いパッションであり、情熱であり。そういうモノが見えなくなってしまうと、応援する側も共感できなくなる。プロスポーツの商品価値は、もちろん質の高いプレーだったり、常人では考えられないフィジカルだったりではあるが、それだけであれば、世界最高峰の欧州チャンピオンズリーグには敵わない。そのクオリティは求めないといけないが、そもそも今よりも技術的なレベルが低く、世界との差がはるか彼方にあった時代に、Jリーグは大ブームを巻き起こした。その理由はもちろん、広報戦略が巧みだったこともあるのかもしれないが、最大の魅力は当時のスポーツが忘れかれけていたパッションが、どの試合にも発揮されていたということ。それなくしてブームはおきなかったし、四半世紀を超えてサポーターに愛されることもなかった。

ただ、その情熱を間違った形で表現してはいけない。それは、フェアプレーだとか、そういう綺麗事ではなく、勝敗に直結してしまうからだ。

(残り 1932文字/全文: 2638文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック
« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック