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【2020年紫熊の戦士】藤原寿徳GKコーチ/GK王国広島の歴史を受け継ぐ責任と誇り

 

「広島は歴史のあるGK王国ですから」

藤原寿徳新GKコーチの言葉が、胸に染みた。

サンフレッチェ広島の歴史は、Jリーグの歴史でもある。もちろん、プロ野球やボクシング、それこそ大相撲とは「プロのアスリート」という点でいえば、サッカーの歴史は浅い。しかし、日本最古の国際試合が行われた広島の地(1919年、似島のドイツ人俘虜と広島高師(現広島大学教育学部)が行った試合が最古と言われている。諸説あり)は、サッカーそのものの歴史でいえば野球とそれほど変わらない。

筆者は、広島のサッカーに誇りを持っている。そして、サンフレッチェ広島というクラブにもだ。それはかつて自分がサポーターの一員としてスタンドで応援していた時から、変わらない。決して、広島のサッカー全てを知っているわけではないし、サンフレッチェ広島の全てがわかっているわけでもない。ただ、このクラブの苦闘の歴史は理解しているつもりだし、頑張ってきた人々、それは選手にしてもスタッフにしても、すぐに顔を浮かべることができる。

確かに巡り合わせや運の悪さもあって、このクラブでの仕事ができなくなった人はいる。お互いの考え方が違って、ぶつかりあった出来事も聞く。残念ながら結果を出せなかったこともある。しかし、このクラブをずって見て感じることは、ほぼ全ての人がサンフレッチェ広島という存在そのものをリスペクトし、愛してきたという事実だ。その愛し方が違っていたり、愛情が周りに伝わらなかったりしたことはある。だけど、誰もがこのクラブに対する愛情を注いできたからこそ、このクラブはここまで歴史を積み上げてこれた。

優勝3回、J2に二度降格したにも関わらずいずれも1度でJ1に戻ってきたという歴史の積み上げは、幾度となく訪れた経営の危機を乗り越えて存続を果たしているという事実は、たくさんの人々の愛情と情熱の積み重ね以外に起きえなかった奇跡だ。どんな戦略を立てても、アイディアを生み出しても、愛情と情熱なくして、成果はあげられない。スティーブ・ジョブスがアッブルをあれほどの会社に成長させたのは、もちろんプロダクトの斬新さやユーザー・インターフェイスの素晴らしさ、デザインなど数多くの要因が複雑に絡み合ったこそ。しかし、その底流に流れるアップルへの尽きせぬ愛情なくして、一度追放された会社の立て直しに成功するはずもないのだ。

今回、新しくGKコーチに就任した藤原寿徳コーチもまた、サンフレッチェ広島に愛情を注いでくれる人材である。

広島は創設当時からGK王国と言われていた。前川和也という日本代表GKの存在だけでなく、サブに座っていた河野和正の能力も高い。実際、前川がケガをして離脱しても広島が堅守を実現できたのは、ステージ優勝を果たした試合でゴールマウスを守っていた河野の存在なくして考えられない。

その後、下田崇・西川周作・林卓人・大迫敬介と日本代表GKを輩出し続けた。彼らだけではない。2008年のJ2快進撃を支えた木寺浩一や佐藤昭大。そして2009年、佐藤の負傷によって危機を迎えた時、数々のスーバーセーブでピンチを乗り切ってくれた中林洋次。2010年、西川の負傷によって出場した対大宮戦で相手FWと激突し、脳震盪を起こして搬送された増田卓也の勇気も忘れられない。そして、試合出場の機会がなくても黙々と準備し、チームのために自分の力を黙々と注いでいる廣永遼太郎も。望月一頼に代表される歴代のGKコーチも、広島へのリスペクト・愛情を欠いた姿を見たことはない。藤原コーチは、望月・加藤寿一両コーチと親交があったと言う。だからこそ、彼はこう言う。

「広島のGKコーチに就任することは、自分自身、大きな責任を感じているし、誇りでもある。広島のGKのアイデンティティはまず、確実かつ強い守備。そこをしっかりと受け継ぎつつ、発展させたい。DNAを守り、そしていいモノを取り入れたいですね」

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