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【今日という日の歴史的1枚※無料記事】2013年5月6日/NACK5スタジアムでのフェアプレー

大歓声。大拍手。NACK5スタジアムを揺るがすサポーターの大声援。

それはたった一人の選手のために、贈られた。

増田卓也。リーグ戦初出場の若者のために、サポーターは声をからした。手を叩いた。

彼は広島の、2年目のGKである。しかし、声援は紫のサポーターからだけではない。

「増田、がんばれっ」

スタジアムの至るところから響く声。

救急車に乗せられようとしたその時、大きな拍手と共に、太鼓が叩かれる。

紫も、そしてオレンジのサポーターも。

「増田っ、増田っ」

誰もが声を限りに叫んだ。

増田っ、聞こえるかっ。聞こえてくれ、増田っ。

目を覚ましてくれっ。

誰もが祈った。涙を流しながら、手を叩いている人もいた。

救急車に乗せられ、車が動き始め、その姿が見えなくなっても、スタジアムの増田コールは続いた。ずっと、ずっと、続いた。

アクシデントは、84分の出来事。大宮GK北野貴之からのキックがFWノヴァコヴィッチへ。競り合ったセカンドボールを水本裕貴が増田へバックパスを送った。

ボールを引き取ろうと前に出るGK。その瞬間をチャンスと捉え、交代で入ったFW富山貴光が猛然とダッシュする。

この時、富山も増田も、ボールしか見ていない。プレーのシチュエーションからすれば当然のことではある。勝ち越しゴールを勝ち取りたいFW。絶対に死守したいGK。想いのスバークは時に、不幸な事故を巻き起こす。

富山、飛んだ。ボールに向かう。触った。そして。二人の頭部は、激突した。

富山は空中で一回転し、背中から落ちた。増田はそのまま倒れ、ピクリとも動かない。すぐ近くにいたノヴァコヴィッチにゴールの歓喜はない。急いで二人のもとに駆け付けた。「担架だ。早く」。その手招きが、ことの重大さを示していた。

当初、富山の方がダメージが大きいのではと思われた。オレンジのサポーターは「富山コール」を繰り返す。アクシデントから3分後、担架が入り、勝ち越しゴールを決めたヒーローは、サポーターの拍手に送られながら、ピッチを去った。彼はその後、救急車で病院に搬送されている。

だが、増田は全く、動かない。いや、動かせない。頭をしたたかに打ち付けた彼を無闇に動かすのは危険だ。

ドクターの証言。

「記憶は飛んでいた。自分の仕事も認識できていなかった」

スタジアムの声が、静まった。異様なほどに、静かになった。

その時だ。

「増田!増田!!」

大宮のサポーターがコールを起こす。

「増田!増田!!」

スタジアムに広がる。

だが、いつしかコールは鎮静化した。大きな声が治療や負傷者に影響を及ぼさないとも限らない。サポーターは、自分たちの判断で、静かになった。

両チームの選手たちが増田の側に立つ。大宮の選手であるノヴァコヴィッチと渡邉大剛もずっと、彼の側を離れなかった。

増田といつも一緒にいた水本裕貴は手首のテーピングを外し、井波靖奈と共にソックスを脱がした。少しでも血行が良くなるようにという配慮からだ。

この時、増田卓也に意識はあったのか。後に彼は、こんなことを言っている。

 


激突した場面の記憶はないんです。ただ、トレーナーの方の声で、目が覚めた。ピッチに倒れていたことも、その時にわかりました。

何が起きて、自分がそうなっているのか、それはわからない。起き上がりたい。でも、身体が痛くて、起き上がれない。トレーナーにも動くなと言われたんです。

もう無理だと思った。だから、ドクターに「(交代で入る原)裕太郎にがんばれって伝えてください」と言いました。それは覚えています。


アクシデントから7分後、森保一監督(当時)が叫び始めた。

「救急車を入れてくださいよ!ピッチの中まで、入れてください!!」

愛する選手のアクシデントに、指揮官は我を忘れた。想いは伝わる。誰もが救急車を待っていた。だが、交通渋滞からか、なかなかたどりつけない。このスタジアムの周辺道路は狭く、渋滞回避も難しい。

事故から15分後、救急車の到着。スタジアムから拍手が起きた。毛布にくるまれ、ストレッチャーに乗せられた。

その時だ。スタジアムを揺るがす増田コールが始まったのは。


救急車に乗ったのは、わかったんです。その時、確かに「増田コール」は聞こえました。意識は朦朧としていたし、救急車の到着も「今から病院に行くから」と言われて、気づいたくらいでした。ただ、それでもコールは聞こえたんです。

その時、僕は何も考えることができなかった。コールは聞こえて、どういう想いになったのかも、覚えていません。

後に病院で、野村トレーナーに映像を見せてもらいました。本当に、本当に、ありがたかった。戦っているのは選手だけではないと、改めて感じました。救急車の手配をして下さった方、担架を運んでくれた方、両チームのサポーター、スタッフ。感謝しかないです。心配してくださった大宮の選手やサポーターにも。

激突したのが富山だったのは、試合が終わって知りました。彼とは大学時代からの知り合いだったので、大丈夫かと思ってメールしたんです。「大丈夫です」という返事が返ってきて、ほっとしました。

命をかけるという覚悟がないと、高いレベルでプレーはできないと改めて感じました。その上で、こう思ったんです。

生きててよかった、と。


試合後、佐藤寿人が「行こう」と言ったその場所は、大宮サポーターの前だった。広島の選手たちが近づいている姿を見て、オレンジのサポーターは叫んだ。

「増田っ、増田っ」

その声を聞きながら、広島の選手たちは深々と頭を下げた。増田卓也のために大きな声援と拍手をくれた大宮サポーターに感謝を込めて、深く。

サポーターのコールは「サンフレッチェ」に変わった。

紫のサポーターも「アルディージャ」と叫んだ。挨拶に来た大宮の選手たちに拍手を贈りながら。

7月31日、エディオンスタジアム広島。回復した増田卓也は大宮サポーターの前に、富山貴光は広島サポーターの前に立った。感謝の気持ちを込めて、頭をさげる。

「増田っ、増田っ」「富山っ、富山っ」

拍手とコール。

「増田、元気になったか」

そう書かれた大宮サポーターのゲートフラッグを見た時、胸が張り裂けそうになった。

敵、とは言いたくないんです。もちろん、勝つために戦う。でも、相手をリスペクトしていないと、ゲームは成立しない。選手・審判・スタッフ・サポーター。全ての力が合わさって、一つの試合が完結する。そういう大切なことを、5月6日の大宮戦で、再認識できた。広島も大宮も、相手をリスペクトしつつも互いにしのぎを削り、協力しあっていい試合をお見せする、いわば仲間なんです」

試合前日に森保監督が熱く語った言葉が、そのゲートフラッグを見た時に、何度もリフレインしたのである。

その年のJリーグアウォーズで、大宮と広島のサポーターにチェアマン特別賞が贈られた。Jリーグは授賞理由をこう説明している。

「J1リーグ戦第10節(2013年5月6日開催)大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島(NACK5スタジアム大宮)において、73分に大宮FW富山貴光選手が広島GK増田卓也選手と接触。増田選手が救急搬送される際に、対戦相手である大宮のファン・サポーターより「増田コール」が起こり、同選手を励ました。

また、同カードの次の対戦となったJ1リーグ戦第18節(2013年7月31日開催)広島vs大宮(エディオンスタジアム広島)の試合開始前に、両選手がそれぞれ相手チームのファン・サポーターへ挨拶を行い、両チームのファン・サポーターが両選手の回復と復帰を祝った。

リーグは両試合を通じた大宮、広島のファン・サポーターが、敵味方関係なくサッカーを愛する仲間として、お互いを思いやる気持ちを行動に現したことをたたえ、両チームのファン・サポーターに「チェアマン特別賞」を贈ることとした」

 

(了)

 

 

 

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