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【SIGMACLUB立ち読み版】SPECIAL DOCUMENT〜逆境の今こそ/振り返る 2003年、運命を懸けた1年

残り5試合で昇格圏外。焦りと不安と

 

ピリピリ、ピリピリ。

空気が割れそうだ。晩秋の晴天が広がった穏やかな日のはずなのに、広島広域公園第一球技場の近辺だけは、凍り付いているかのようだった。2003年1024日の出来事だ。

「選手たちの動きはいつも通り。悪くない。とにかく、勝点3をとる、ということしか考えていないし、絶対に勝ちにいくという想いを全員で共有している。相手うんぬんではない。どんなことがあっても、周囲に何を言われても、自分たちのサッカーを信じて、我々は戦う。それが、大切だ」

小野剛監督(当時)は、厳しい表情を崩さないまま、これだけを語った。1年でのJ1復帰は、絶対に成し遂げないといけない目標。しかしその想いが強すぎて、チームから笑顔が失われていた。甲府に0ー0で引き分け、0ー2で福岡に完敗。第39節、順位はJ1昇格圏外の3位に落ちていた。シーズンは残り5試合しかない。

2試合連続しての無得点。記者たちの質問は、そこに焦点をあてたものだった。得点しないと勝点3はとれない。勝たないと首位・新潟、2位・川崎Fとの差は逆転できない。残り5試合で、少なくとも川崎Fとの勝点1差を逆転しないといけないのだが、彼らは7連勝中。星を落とすなんて期待できない。

勝点2差の新潟は第35節の広島戦に敗れて以降、2勝3敗と調子を崩していたが、彼らにはその年、32得点をあげて得点王に輝くマルクスという絶対的なエースがいるし、上野優作も好調だ(最終的には13得点を記録)。

広島にはマルセロというストライカーはいる。その年、14得点を記録することになるFWで、技術は抜群。しかし、得点の1/3はPKで、破壊力という点でいえば新潟のマルクスや川崎Fのジュニーニョと比較すれば物足りない。また、新潟の上野や川崎Fの我那覇和樹のようにブラジル人ストライカーを補完する働きを魅せた日本人FWの存在が、当時の広島にはなかった。

さらにいえば、ファビーニョ(新潟)やアウグスト(川崎F)のようなチャンスメイカー兼フィニッシャーという個の才能も、広島にはいない。組織と守備では間違いなくJ2最強。しかし、たとえて言えばキングダムに登場する信や龐煖のような、圧倒的な個の破壊力を持つタレントは、いなかった。

危機感がないといえば、嘘になる。スーパーなストライカーがいれば点をとれるというものでもないが、組織が煮詰まった時に頼りになるのは、やはり個人の力だ。しかし、それをどうこういっても仕方がない。

甲府に引き分ける前日、小野監督は饒舌だった。7連勝中、6試合連続無失点という状況。順位も新潟と勝点が並んだ上での2位(昇格圏)で、3位川崎Fとは勝点4差をつけていた。監督も、記者たちも、余裕があった。

「6試合連続無失点勝ちがJタイ記録?それは知りませんでした(笑)。新記録が達成できれば、勝利?まあ、そうですね。高い集中力を発揮すれば大丈夫だと思います。

自分たちのサッカーを貫こう、ということを言っていますし、それが得点を生むと思います。ゴール前での運・不運はありますが、トータルでいえば、やはりチャンスをたくさん創れば、ゴールも生まれていく」

この時にあった笑顔は、質問する方にもされる側にもなくなっていた。

 

359分連続無得点。苛立ちが生んだ軋轢

 

翌日、茨城県笠松運動公園。対戦するのは水戸ホーリーホックだ。順位は6位。当時のJ1昇格は2位までが自動昇格で、3位以下にはチャンスはない。水戸は残り5試合で全勝しても2位以内に入ることは不可能で、一方で当時は降格もない。そういう意味では、目標を失ったチームではあった。

水戸との前回の闘いは大苦戦。アディショナルタイムにサンパイオが決めて何とか勝点1をキープしたが、内容的には負け試合だった。やりづらい、という空気はある。

しかもこの時の水戸は好調。5試合で4勝1敗、前節では首位・新潟に対して1ー0と勝利している。特に闘莉王は3試合連続得点中と絶好調だった。今なら、広島から期限付き移籍中の彼は広島との対戦には出場できないが、当時はそういうルールも契約もない。 勝点3が必要なのだから、広島は嵩にかかって攻めていくしかないはずだ。しかし、チームの攻撃は機能不全。練習ではできるメリハリの利いた展開が、試合ではできない。水戸の守備ブロックを警戒するあまり、ロングボールを放り込む展開ばかりに。

ロングボールの応酬に全体が間延びした状況下で、個人の破壊力を武器として持っていない両チームが得点をあげるのは困難だ。ほとんどチャンスが生まれない中での0ー0。必然だったと言っていい。

試合後、前田監督は穏やかな表情で、記者たちの質問に答えた。

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