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【SIGMACLUB6月号】サンフレッチェを支える人々/株式会社良和ハウス代表取締役社長 和田伸幸氏「プロスポーツは文化。だからこそ、支えていく」

●和田伸幸社長プロフィール
1970年生まれ。広島市出身。大学に進学した頃から家業を継ぐことを意識し始め、卒業後に2年ほど他社で勤めた後、良和ハウスに入社。2006年から代表取締役社長に就任。趣味はゴルフ。応援している選手は、という質問に「それは久保雅義営業部長と、営業部の福島陽子さんです」と即答し、二人を恐縮させるユーモアも。

社員と共に、コツコツと積み重ねた仕事

 

紫熊倶楽部史上初となるZOOMでのインタビューが、株式会社良和ハウスの和田伸幸社長となった。まずはこういう時期に取材を受けて頂いたことに対し、深い感謝の想いを贈りたい。本当にありがとうございました。

1965年、広島市西区横川で和田良雄現会長によって創業された良和ハウスは、今や仲介や賃貸管理だけに止まらず、分譲マンション「エールヴィータ」の展開や岡山への進出など、多角的な事業展開を行っている広島の地場企業だ。特に賃貸管理の分野では管理戸数において中四国エリアでトップクラスの実績を誇る。和田社長が良和ハウスに入社した25年前、社員はまだ「10人程度だったと思います」(和田社長)。それが今や、グループ会社も含めて約500人の社員を抱える企業体となった。

不動産業というと、どうしても派手な事業展開を想像してしまうが、良和ハウスの歴史はむしろ地道な仕事の積み重ねで構築されている。特に、事業の中心となっている賃貸管理というビジネスは、「すごく手間がかかって、時間もかかるビジネスなんです」と和田社長は教えてくれた。

賃貸管理とは、入居者管理から家賃集金、クレーム対応、修理手配、敷金精算、退室後のリフォームなど、家主と入居者の間にたって様々な便宜を図る仕事だ。物件を一つ売って何千万というお金が動くビジネスとは違い、一件一件の取扱金額は低く、一方で365日24時間ずっと稼働していないといけない。

「最初は、こんな薄利の商売なのにここまでやらないといけないのかと思ったこともありましたね。当時は動いている社員も少なかったこともあって、1人か2人くらいしか賃貸管理の仕事をやっていなかったから、本当に休んだ気がしなかったんです」

しかも管理会社にかかってくる電話は、基本的には「クレーム」(良和ハウスではリクエストと呼んでいる)である。

「家賃を払ったのに、どうしてうるさく言ってくるんだ」

「電気がつかん」

「ゴミをとりにこい」

その声には多くの場合、怒気がこもっている。それでも冷静に、そして迅速に対応しないといけない。

「正直、仕事を楽しいと思ったことはありません」

和田社長、苦笑い。

「それでもここまでやってこれたのは、会社が好きであり、一緒に働いてくれる仲間たちが好きだということなんです。一人だったら、もう辞めていたかもしれませんね。

だからこそ、社員を大切にしたいんです。今も約500名の社員たち、一人一人と年に2回は直接、面談しています。できるだけ社員に話をしてもらって、今の仕事の状況やプライベートの悩み、なんでも話してもらって相談に乗っているんです」

不動産仲介や分譲マンションのビジネスは、大きな売上が見込めるし、粗利も大きい。しかし、それは基本的には1度限りのビジネス、いわばフロー。一方、賃貸管理はストックビジネスだ。1度信頼を得ると、ずっと続けて仕事を請け負える。何年も、何十年も。

「コンスタントにコツコツやってきて、何十年も積み重ねてきた。それによってようやく、ストックビジネスと言えるようになったんです。その手間を惜しむから、同業他社はやらないんですよ。我々の場合、(先代の社長である)会長がフロービジネスをしっかりとやってこられました。そこで利益を出し、僕がストックを積み重ねるという両輪がうまく回っていたんです」

直近のフロービジネスで会社としての利益を確保し、未来のために「賃貸管理」という地道なビジネスで「信頼」という名のストックを積み重ねる。この歴史を聞きながら、ふとサンフレッチェ広島のことを思い出した。

育成型クラブとは、すぐに結果が出るスタイルではない。若者たちを育てることは簡単ではないし、時間もかかる。結果が出る保証もない。しかし広島は、設立当初から「育成型」を標榜し、長い時間をかけてアカデミーを充実させ、そこからの人材輩出を可能にした。シーズンの闘いとはフローであり、育成とはストック。2度の降格などの痛みに耐えながらも育成という「ストック」を続けたことで、2012年から始まる黄金時代を迎えた。そういう意味では、良和ハウスの歩みはサンフレッチェと似ている。

 

サンフレッチェを支えることは、企業のブランディング

 

良和ハウスとサンフレッチェ広島との関係は、2011年から始まる。東日本大震災の年であり、初優勝の前年だ。

当時は、まだ社員数も120〜130人くらい。規模的にも今の半分くらいだったと和田社長は言う。その段階で、良和ハウスはサンフレッチェ広島のサポートを決意した。

「広島といえば、やはりカープとサンフレッチェじゃないですか。こういう大きなプロスポーツに対して、何らかの形で携わっていきたいという気持ちがあったんですね。

特に考えたのは、(企業の)ブランディング。プロサッカーを応援することによって得られるステータスなんです。そこに魅力を感じて、サポートしていこうと決意しました」

この年、Jリーグは未曾有の危機に見舞われた。東日本大震災によって関東以東のスタジアムが痛手を被っただけでなく、地震や津波によって多くの人々が生活を破壊された。当時、仙台でプレーしていた林卓人は被災し、家族でクルマの中で暮らしていた時期もある。髙萩洋次郎(現FC東京)の実家も被災し、家の一階が破壊されてご両親は避難所暮らしを余儀なくされていた。祖母は今も、行方不明である。

J1リーグは第1節終了後に中断し、再開の目処もたたない。しかし和田社長は、支援の継続を決断。リーグ再開から1ヶ月後の5月29日、対鹿島戦で「良和ハウススポンサードゲーム」を実現させた。

ただのスポンサードゲームではない。この試合をチャリティナイターと銘打ち、育成会(広島市就労センター)の方々を招待。育成会のみなさんが心を込めてつくったクッキー3000個を、社員一人一人が手渡しで、来場したサポーターに配った。さらに招待した方々とサンフレッチェの選手たちがハイタッチする機会を設けたり、大震災の復興を願っての義援金募金活動も行ったり。

「社会のためにできることを」という意志がこもった企画の数々。試合も森﨑浩司(現アンバサダー)の強烈な2得点で王者・鹿島を粉砕し、雨のスタジアムが勝利の歓喜に湧いた。和田社長もピッチに立ち、浩司に「MAN OF THE MATCH」の表彰を行った。

あの劇的な試合からずっと、良和ハウスはサンフレッチェ広島にとって大切なパートナー。今季は練習着の袖にロゴマークの掲出も実現。9年の歴史の中で共に3度の優勝を経験し、関係性はより深まっていると言っていい。

「サンフレッチェのスポンサーを始めたからといって、それがすぐ営業数字に影響するということはないんです。でも支える時間を積み重ねるごとに、ブランディングの効果は出てきましたね。オーナーさんやお客様から『スポーツを応援されているんですね』と声をかけて頂いたり、新卒採用などにも好影響が出ていたり。そういう意味でも、サンフレッチェさんには感謝しています」

新型コロナウイルスの感染拡大が影響し、「不要不急」という言葉が人々の口をつく時代である。サッカーをはじめとしたプロスポーツは、まさに「不要不急」かもしれない。しかし、和田社長は「支えていく必要がある」と明言してくださった。

「プロスポーツは確かに不要不急かもしれませんが、間違いなく文化だと思うんです。こういう時期だからこそ、サポーターやスポンサーが支えていかないと、この文化は成立しないわけですからね。それに、サンフレッチェ広島は実力もあるクラブ。選手をあれだけ引き抜かれても上位で頑張っているわけだし、もっともっと、広島県民として支えていきたい。連覇した時の反応も、少し寂しかったと感じています」

2024年に予定されている新スタジアム建設をきっかけに、もっと熱が高まることを期待したいと、和田社長は希望を語る。

「もっと選手とサポーターがより近い関係になっていければいいですよね。新スタジアムは場所もいいし、グラウンドとスタンドが近くなって、より臨場感が出てくると聞いています。カープはマツダスタジアムが出来たことで盛り上がったように、もっとサポーターが増えると思うんですよ。だからこそ、クラブとしてもサポーターにもっと寄り添い、身近な存在になっていくことが、大事だと思うんですね。

とにかくサンフレッチェ広島をもっと盛り上げていきたいし、そのために僕らも、少しでもできることをやっていきたいと思っています」

賃貸管理で広島のシェアの25%を獲得し、「賃貸管理は良和ハウス」と言われるほどにストックビジネスとして事業を成り立たせることが、今の目標。新型コロナウイルスの影響で厳しいビジネス環境ではあるが、「家族だと思っているんです」と和田社長が言う社員たちと共に、難しい状況に立ち向かう。そんな企業に支えられている誇りと感謝を胸に、サンフレッチェ広島もまた、努力を積み重ねていかねばならない。

 

●株式会社良和ハウスプロフィール

1965年創業。会社設立は1986年。不動産の賃貸仲介や管理、不動産売買・代理・仲介や企画・開発などが主たる事業。2016年には初の分譲マンションである「エールヴィータ牛田旭」が竣工。ここまで3件の分譲マンションは全て完売。2017年には岡山に支店を開設。

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