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【SIGMACLUB立ち読み版】ドウグラス・ヴィエイラロングインタビュー/希望の灯りがそこにある

家族が側にいない。ため込んだストレス

 

シーズン再開後初となる紫熊倶楽部の特集を、ブラジル人選手たちの声で構成したのには、理由がある。

今回のコロナ禍において、チームで最もダメージを受けたのは、間違いなく彼らだ。飛行機でも20時間以上かかる遠い祖国に家族を置き、一人だけで暮らす日々。本来であれば3月には家族そろって日本での生活を再開していたはずなのに、それができない。ならばとブラジルに戻りたいと思っても、当時は中国の次にコロナウイルスが蔓延していると思われていた日本からの渡航をブラジルが厳しく制限していたこともあり、帰国も叶わない。そういう状況で数ヶ月も過ごさねばならなかった彼らの辛さを考えれば、たとえ緊急事態宣言の下で外出もできない状況であっても、家族と過ごすことができる、友だちと自由に会話ができる状況にあった僕たちは、どれほど恵まれていたか。

だけど、Jの再開が現実的に見えてきた5月25日のチーム練習再開以降、彼らには笑顔が戻ってきた。4月14日の活動休止までは、ピッチに立っていても沈んだ表情を隠すことができず、練習場に顔を見せることもできない選手もいた。なのに、1ヶ月の時間を費やす中で、彼らは自分自身を取り戻し、環境を受け入れ、前を向くことができた。

日本人は逆境に強い民族だと言われている。台風や地震など、常に天災が国土を襲ってきた歴史もあり、逆境の中から立ち上がろうとするDNAが組み込まれているような感覚もある。「五輪などの大舞台で勝負弱いのに?」という声が聞こえてきそうだが、五輪などは順境。本当の意味での逆境とは、今回みたいなケースを言う。

確かに日本は都市のロックダウンなどの強権を発動することもなく、緊急事態宣言下においてさえ欧米と比較して国民に多くの自由を許した状況であっても秩序を乱すこともなく、この危機を乗り切った。今、東京では感染者が増加しているが行政側に「第二波」の危機感が乏しい。その理由について産経新聞は6月15日の紙面で説明している。

「5月以降、感染者数が収束傾向になり、検査態勢に余裕が生まれているのも大きい。今月8日には、解除前も含め最多の2255件の検査が実施された。市中感染の広がりの目安となる経路不明の感染者割合(7日間移動平均)は一時5割を超えたが、今月14日には37・3%まで下がった」

もちろん油断は禁物で手洗い・うがいの励行は続けないといけないが、それでも日本はトータル1000人の死者を出すこともなく(6月30日現在)、日常へと向かい始めた。アメリカは死者が12万人を超え、イギリスでも5万人近い人々が犠牲になり、世界の死者数は50万人を超えたというのに。

日本だけでなく東アジアの国々は、欧米と比較して相対的に犠牲者が少ない。それは何らかの根拠があるのかもしれないが、そこを掘り下げることは紫熊倶楽部の役割ではない。言いたいことは、「コントロールされた社会」とエゼキエウが言う日本であったとしても、感染リスクが少なくなったとしても、孤独に耐えて頑張っているブラジル人戦士たちが「逆境に強い」と言われている日本人と同様に、いやそれ以上にも厳しい環境下で戦っていたという現実だ。リスペクトしかない。だからこそ、Jリーグ再開に際して彼らの想いを届けたいと思った。

公式戦中断が発表された2月25日は、JリーグYBCルヴァンカップ第2節にむけてクラブとして準備している最中だった。会場には既に広告看板が設置され、翌日のホームゲーム開催に向けてクラブとして突き進んでいる最中、決定は下された。厚生労働省から「この1〜2週間が新型コロナウイルス蔓延に対する正念場である」という方針が出されたことが、公式戦延期の根拠となった。

ドウグラス・ヴィエイラはこの時、開幕戦での負傷を受けて別メニューで調整していた。負傷の程度は軽く、すぐに復帰できると考えていた。だが、それどころではない衝撃的な知らせが仙田信吾社長を通して伝えられ、大きなショックを受けた。

「確かに新型コロナウイルスの感染が拡大しているという情報は入っていました。でも、コントロールされているものだと思っていたし、正直、楽観視していたのです。でも、まさかあれほど、ウイルスの感染者が拡大するとは……」

サッカーは続けたい。でも、生命はサッカーよりも重い。決定は、受け入れざるをえないとドウグラス・ヴィエイラは考えた。

当初は3月15日までの試合が延期されるという決定だった。「1〜2週間が正念場」という国からの声明を受け、Jリーグは余裕を見て3週間の延期を決めた。しかし、2週間たっても事態は収束の気配を見せず、リーグはやむなく再開日を4月5日に延期した。3月中旬には減少傾向にあった感染者数だが、欧州旅行(あるいは仕事)からの帰国組が多数戻ってきた下旬から一気に感染拡大が爆発。4月5日のJリーグ再開などできるはずもない状況に陥り、4月7日には緊急事態宣言が首都圏・関西圏・福岡も含む7都府県に発令され、16日には対象が全国に拡大された。練習とかサッカーとか、そんなことを考えることはできなくなった。Jリーグの再開は、全く目処が立たない。それどころか、シーズンを全うすることも無理ではないかという憶測も飛んだ。

サッカーは、失われた。それは日本だけではなく、欧州でも南米でも。

リーグが「この日から再開する」と発表すれば、そこに向けてチームはトレーニングしないといけない。身体もメンタルも、そこをターゲットにしてコンディションをあげていく必要がある。ケガも癒え、練習に戻ったドウグラス・ヴィエイラも、苦しい思いを振り切りながら、トレーニングを続けた。しかし、二度にわたる再開延期。致し方ない。誰が悪いということでもないのだが、ショックは否めない。

表現しようのない疲労感が、経験豊富なドウグラス・ヴィエイラにも襲った。無理もない。サッカーのキャリアは長いとはいえ、こんなことは誰も味わったことのない事態だ。

「たとえ家族と離れていても、その寂しさはサッカーをやっている時間は忘れられた。でも、そのサッカーすら、奪われてしまった」

再開の目処がたたないから、ターゲットも設定できない。家族にも会えない。ストレスは過去最大のものとなった。

メンタルが不安定になり、ストレスを溜めこむと、人間は優しさを失う。そのはけ口は、もっとも愛する家族へと向きがちだ。夫は妻の苦しさを理解できず、妻は夫の寂しさを慮れなくなる。ドウグラス・ヴィエイラも妻も、お互いのことを心配していたのだが、「時に気持ちをコントロールできなくなったこともあった」(ドウグラス・ヴィエイラ)。

リモートで顔が見える中で会話はできた。だが事態の打開が見えなくなり、ブラジルでも急速に感染が拡大してくると、ストレスは倍増した。「気持ちのコントロールが外れてしまい、互いが疲れてしまっていた」と彼は言う。

「お互いに近くにいれば、お互いの状況はもっと理解できる。哀しい時、寂しい時、その瞬間に支え合うことができる。でも、離れていると、そういうわけにはいかない」

それでも二人は、話をすることをやめなかった。話をするしかない環境だったから、なおさら言葉をかわし続けた。互いに心が通じ合っているからこそ、言葉の繋がりが心を癒やす。

「悪い時は過ぎた。お互いが乗り越えた。これまで経験したことのない厳しさがあったけれど、ね」

妻の来日にむけても、ある程度の目処が立ったと彼は笑顔で喜ぶ。「本当に幸せだ」と。

 

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