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【SIGMACLUB立ち読み版】エゼキエウロングインタビュー/孤独からの卒業

サッカーも、妻も、側にいない

 

瞳は、うつろだった。

「……sorry

ただそう言って、エゼキエウはクラブハウスの中に入った。3月下旬、まだ緊急事態宣言が発令される前の出来事だ。

次の日、彼は気持ちを立て直して、記者の前に立った。だが、話をするうちに気持ちが昂ぶった。そして、こんな言葉を吐き出した。

「僕はサッカーをやるために、日本にやってきた。なのに、今はサッカーができない。何のために、僕はここにいるんだろう」

表情には生気すら、失われていた。その同じ時期、ネットに「エゼキエウ、鬱状態を告白」という記事が掲載された。ブラジルメディア「Esporte Interativo」のインタビューに応じた記事を「フットボールZONE」が引用したものだ。そこに掲載されたのは「その時は既に孤独を感じていたけれど、もっと一人になりたいと思った。電話やSNSにも喜びを感じず、全部消したんだ」という彼のコメント。その後に「もう大丈夫」という言葉が続くが、このインタビュー記事が4 月17日に配信されると、サポーターから一気に心配の声があがった。

「エゼキエウは大丈夫か」

「孤独に苛まれているのか」

軽々しく、「鬱」などという言葉を使ってはならない。寂しいとか辛いとか、そういうレベルではない。この記事には少し憤りを感じた。一方で、エゼキエウの現実に触れていた人であれば、誰もが彼の苦しみに気がついていた。鹿児島キャンプからチームに合流し、たとえ試合に起用されなくても努めて明るく振る舞っていた若きブラジリアンが、ドレッシングルームで歌を歌い浅野雄也とじゃれあっていた若者が、下を向いたまま何も語らない。ボールを蹴っても、走っても、ミニゲームでゴールを決めても、笑顔にはなれなかった。

「試合の日時も決まっていないのに、どうして練習しないといけないんだ。するにしても、あんなに強度の高いトレーニングが必要なのか」

不満も募る。練習に行く道すがらでさえ、哀しい。哀しさの中でトレーニングしても、楽しくないし、意味も見えなかった。その気持ちのまま帰って、そのまま寝る。辛い。辛すぎる。試合がいつ始まるかわからなくても、突然再開が決まってもいいように準備をするのが日本のやり方。しかし、当時の彼は、そういう文化もわからなかった。

彼を追い詰めたのは、ただ新型コロナウイルスの感染拡大によって公式戦が全て延期になってしまったことだけではない。もっとも大きな問題があった。

妻がいない。

シンプルで、そして最大の問題が、そこにあった。

もちろん、家族と離れ離れになってしまったのは、彼だけでなく、レアンドロ・ペレイラやハイネル、ドウグラス・ヴィエイラも同様だ。しかし、彼が特別だったのは、1月の来日前に結婚したばかりだったということだ。

「実は僕、新婚なんだよ。妻はまだブラジルにいて、キャンプが終わった頃に来日する予定なんだ。寂しいけど、今はオンラインでテレビ電話ができるから、いつも妻の顔を見て話しているよ」

キャンプに合流した日、エゼキエウは嬉しそうに告白してくれた。日本で、2人で暮らす。その日が来るのが待ちきれない。笑顔がはちきれそうだった。

想像してほしい。新婚の時期では人生で最も愛情を近くで感じていたい、ずっと一緒にいたいと思うはずだ。もし、仕事でバラバラになったとしても、休日にはすぐ会いにいきたい。そう考えて当然だろう。

それができなくなった。新型コロナウイルスの拡大に伴い、ブラジルと日本の行き来が極端に難しくなってしまったからだ。

「公式戦が始まるようにならないと、渡航のためのビザがおりない」

その知らせを聞いた時、エゼキエウは立ち直れないほどのショックを受けたという。

「1月に結婚して、すぐに僕は日本に来たけれど、ほどなく彼女も来日して一緒に住むんだ。彼女と共に、成功を果たすんだ。家族と、一緒にやっていくんだ」

その希望は、打ち砕かれた。

新妻は来ない。試合は始まらない。3月15日再開予定も、4月5日再開予定も、実現されなかった。試合が始まらないと、ビザはとれない。ブラジルに戻りたくても、日本からブラジルへの渡航はさらに厳しい。当時の日本は中国と並んで「感染国」であるというのが世界の認識。日本在住者は「感染予備軍」とみなされ、ほとんどの国から入国を厳しく制限されていたからだ。

そのうち、ブラジルでも感染が始まった。あっという間に感染者が広がり、死者も急増。世界的な流行拡大の中、混乱は続いた。

「確かに日本も難しい事態に陥っていたけれど、一方で日本人は規律を守る。それが日本の文化だし、国民性。でもブラジルは違う。今も混乱の中にいるし、自粛しても何も変わらない。10人中9人が規律を守るのが日本だとしたら、10人中9人が規律を守らないのがブラジルなんだ。自粛期間だと言われているのに、みんな普通に外に出て、遊んでいる。だからこそ、妻を早く、日本に連れてきたかった。僕は、焦っていたんです」

できるかぎりの方法で、エゼキエウは彼女と連絡をとった。ビデオ通話、ツイッター、インスタグラム、フェイスブック……。使えるツールは何でも使った。それでも、彼女の手を握ることはできない。肌を撫でることもできない。髪に触ることも、無理だ。

「練習から家に戻っても、彼女はいない。誰もいない。寒さが身に染みる中で、食事もとらないといけない。それでも外出自粛の前ならブラジル人のみんなで夕食をとることもできたけれど、緊急事態宣言の後はそれもできなくなった。自炊も難しい。コンビニに頼っていたけれど、ずっとパスタばかりで自然と飽きてしまう。かといって、日本食にも慣れていないし、どうしてもメニューは画一的になった。せめて卵を買ってスクランブルエッグにしたり、目玉焼きにしたり」

トレーニングができない時期、普通の選手は太るものだ。しかし、エゼキエウは痩せた。痩せる必要はなかったのに、約4キロも。食事を満足にとれなかった証拠だ。

もし、彼がサンフレッチェ広島でたった一人のブラジル人だったとしたら、もしかしたら本当に厳しい状態に陥ったかもしれない。最悪、サッカーどころではない状態になっていたかもしれない。

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