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【SIGMACLUB8月号】サンフレッチェを支える人々/山陽木材株式会社代表取締役社長/徳井良信氏「サッカーが広島にないと、楽しくないでしょう」

●徳井良信社長/1957年生まれ。広島県出身。野村證券で債券部に所属。1990年から山陽木材へ。熱狂的なサッカー好きであり、サンフレッチェをずっと応援して頂いている。

敢えて縮小の道を歩む、コンパクトで筋肉質な会社に

 

どんな闘いにおいても、撤退戦ほど難しいものはない。織田信長が浅井長政の裏切りによって朝倉義景との挟撃にあった「金ヶ崎の戦い」(1570年)で豊臣秀吉や徳川家康が殿(しんがり)を務めたエピソードは、撤退戦の困難さを示しているが、ビジネスにおいてもそれは同じ。成功体験とは常に甘美で、忘れがたいもの。夢を見たくなる。「必ず、うまくいく」と思いたくなる。

しかし、山陽木材株式会社の徳井良信社長は、主力商品として会社を支え続けた「木材」からの撤退を決意していた。30年かけて少しずつ事業規模を縮小して一昨年、木材を輸入して製材所に売るという仲介事業をやめた。生活環境部にて断熱材や資材の加工に使う液体ガラスの施工・販売などを行ってはいるが、高度経済成長期には100億円に近い規模の事業として会社を支えていた木材の流通業からは完全撤退を完了した。「山陽木材という企業名ではありますが、もう木材はやっていないんです」と社長は笑う。

どうして、撤退戦を敢行したのか。

「私はかつて金融の世界で働いていました。1990年に山陽木材へ戻ってきたのですが、金融マンとしての視点で会社を見た時、将来性の点で、かなり厳しいと感じましたね。資材を仕入れるのはリスクを伴いますが、そのリスクに見合った利益をあげるのが難しい市況になっていたんです。日本経済そのものが縮小していた時代でしたから、敢えて事業規模を縮小させていきました」

木材を事業として成立させるのは難しい。かといって、当時は福岡や岡山、香川、福山にも事業所があり、大分では別会社も経営していた。従業員もそれなりに抱えていたわけで、急進的な縮小を行うわけにはいかない。徳井社長は時間をかけてゆっくりと、事業を整理していく道を選択した。資金繰りの問題なども当然発生していたが、メインバンクにも支えられて事業整理は粛々と行われた。

「今は会社の売上そのものは10億円もない状況でコンパクトな経営スタイルになっています。ただ、今のコロナウイルス感染拡大の状況も考えると、コンパクトにやっていてよかったなと思いますね。会社自体は小さくても、筋肉質にしていきたい。そう思ってやってきたこの30年間でした」

通常、経営者は事業規模を拡大させ、発展させようという本能がある。しかし、徳井社長は違った。会社を維持するためにあえて、事業縮小の道を選択した。

「私は、経営者のマインドを持っていないのかもしれないですね(笑)。経営者として何かをやりたいとか会社を大きくしたいとか、そういう欲望はほとんどない。東南アジアのような成長過程にある国ならばともかく、現在の日本経済の中で成長を果たすためには、かなりの能力と人材が必要だから」

現在の事業は不動産の活用がメイン。木材事業のために取得していた港湾地区の土地に物流倉庫を建て、そのスペースを貸し出すことが事業の柱となっている。広島市南区元宇品で運営しているフットサル場「PIVOX」にしても、もともと木材のために持っていた土地を有効活用するために造った施設。2007年1月にオープンし、もう14年目を迎える。事業規模としては大きくはないが、広島のサッカー好きやスポーツ好きにとっては貴重なスペースとして親しまれている。

2007年当時、広島の旧市内にフットサル場はなかった。全国的にはフットサルは若者・大人のスポーツとして人気が向上していたが、広島に専用の施設をつくろうという機運は乏しかったと言っていい。ではなぜ、徳井社長はPIVOX建設を決断したのか。

「もちろん、サッカーが好きだってこともある(笑)。一方で、この元宇品の立地を考えてみると、物販などの事業は難しい。目の前は海ですし、ストリートのように、特別な目的もなしに訪れた人々に何かを買ってもらうとか、そういう場所ではない。一方で、明確に「ここに行きたい」という目的性を持つには、スポーツは悪くない。身体を動かすことは、人間の生活の上で大切ですから。

こういう施設を住宅地や商業地の中で造ろうとすると難しい。土地の値段も高いし、駐車場もそれなりのスペースが必要になる。PIVOXの土地は弊社のものですし、本社をここに置くことでフットサル場のニーズが少ない平日昼間も活用できる。ビジネスモデルとしては悪くないかなと僕は思っているんですよ。広島は意外と土地が高いし、競争相手も入ってきにくいですからね」

PIVOXには屋根があり、全天候型で運営できる。この屋根の設置にかかった費用は約1億円。全国には屋根のないフットサル場も珍しくない中で、徳井社長はあえて屋根の設置にこだわった。

「最近の真夏の気温上昇や豪雨などを考えると、本当に屋根をつけてよかった。各種のサッカーイベント、またサンフレッチェさんのスクールもここでやってもらっていますが、雨でも濡れないでボールが蹴れる。本当によかったと思いますね」

PIVOXのエピソードを聞いていると、徳井社長があえて事業縮小に着手した理由がわかるような気がする。ビジネスにおける「リソース」には限りがある。資金にしても人材にしても、さらにはアイディアにしても。経営者が将来を見限った事業について、いくら人材や資金を投入したところでポジティブな結果は得られない。一方で、PIVOXのような事業は、大きな利益は得られないかもしれないが、社会的なニーズはあるし、利用者やそこで働く人々が笑顔になれる。事業とは決して、規模だけが正義ではない。

 

サンフレッチェへのサポートは、企業の社会的責任

 

徳井社長は事業規模を縮小していく一方で、サンフレッチェ広島に対するサポートをやめようと思ったことはないと言う。

「僕自身、サッカーが好きだという事実はあります(笑)。ただ、地域のプロスポーツは地元企業が応援しないといけない。

例えば山口はレノファ、岡山はファジアーノを、一生懸命に育てている。それは、とてつもなく難しくて、大変な労力が必要なんです。でも広島にはもともと東洋工業のサッカー部があって、それをベースにサンフレッチェがある。この事実に対し、広島の人々はもう少し感謝すべきだと思いますね。広島にはカープもサンフレッチェもあって、スキーもできるし、海もある。こんな街って、日本にはあまりないじゃないですか。でも、あるのが当たり前になっているから、みんな感謝しない。もし、サンフレッチェがどこか違う街に移転したら、嫌なのに(苦笑)。

サンフレッチェ広島に対するサポートは、かっこよく言えばCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)の一環だと考えています。スポーツが地域にないと、楽しくない。金融マン時代にシンガポールに赴任していたけれど、当時はSリーグもなかったから、本当に楽しくなかった。街は綺麗でゴルフもできる。だけど、生活を楽しめない。東京に住んでいた時も、自分は広島の人間なのでサンフレッチェ以外では熱くなれないんです。他のチームだと途中でトイレに行ったりもするけれど、サンフレッチェの時はそれはないから(笑)」

地域スポーツの大切さを理解しているからこそ、大きな利益にはならないPIVOXは「続ける」と社長は明言する。「スポーツビジネスは簡単には利益を出せない。それでも、他のところで利益を出せるように頑張って、サポートしていきたい。スポーツは絶対に必要だと思うから。特にこれからは」と。

「世の中がどんどんデジタルになってきて、座ったままで何でもできる時代になっていくのかもしれない。そういう時代だからこそ、身体を動かして、汗をかいて、そして同じ瞬間を体感して、感動を共有する。そういうことの大切さ、ですよ。特にスポーツ、サッカーはシナリオがない。2013年、残り2試合で勝点5差があったのに、誰が広島の逆転優勝を予測できたか。2017年、残り3試合で降格圏にいた広島が劇的な残留を果たすことだって、予測できない。あんなシナリオなんて書けないのに、現実としてそういうことが起きている。サンフレッチェは、本当に感動するんです。クラブに関わっていても、サポーターとしてもね」

新型コロナウイルス感染拡大の影響も受けた。さらに若年層人口の減少は広島においては特に顕著で、フットサル場の経営にも影響するのではとリスク管理も怠らない。

「新型コロナウイルスの影響は(社会にとっても)大きく、以前のままには戻らない。(戻っても)70%くらいかなと思いますね。これからは損益分岐点をいかに低く抑えるかが鍵になる。そこは継続していきたい」

厳しい視点での経営は続くが、それでもサンフレッチェ広島へのサポートは継続すると明言する。広島という地域社会におけるスポーツの重要性を理解し、「不要不急」と言われるスポーツが実は社会にとってなくてはならないものだと認識する徳井良信社長の言葉は、プロスポーツに携わる人々をどれほど勇気づけることか。

「正直、J1で優勝した時よりも、2017年のJ1残留劇の方が嬉しかった。経営者としての視点で見ると、どうしてもそうなってしまう。優勝争いというのはそれだけでポジティブだし、失うものなんてないんです。でも、残留争いは精神的にもきつい。僕はアウェイの清水戦でパトリックやフェリペ・シウバが点をとって勝った試合も、神戸でパトリックのヘッドで勝ち越した試合も、そして残留を決めたFC東京戦もみんな、スタジアムで見ています。本当に嬉しかった。

サンフレッチェ広島は正直、毎年優勝を続けるようなクラブじゃない。そんなことを(僕らが)望んではいけない。だから、とにかくJ1に残留し、会社として赤字を出さないことが大切だと思います。今はJ2に降格するとJ1に戻ってくるのが難しい時代。新しいスタジアムが2024年にできる、それをプラス材料にしながらも、まずはJ1にしがみつく。大切なことだと思います」

言葉を胸に刻みたい。

 

 

●山陽木材株式会社/1955年設立。海外から原木を輸入して製材所に販売していく事業を取り扱い、高度成長期には大きく成長した。現在は木材の流通業からは撤退し、不動産事業や太陽光発電、断熱材等の取扱の他、フットサル場「PIVOX」の経営も行っている。

 

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