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【8.9ピースマッチ】増田卓也/広島を愛する

敗戦を喫した札幌の夜、選手たちがドレッシングルームに引き上げた後も1人の男がずっとボールを受け続けていた。藤原寿徳GKコーチが蹴るボールを何度も何度も、ずっと、ずっと、増田卓也は受け続けた。

ルヴァンカップでゴールマウスの前に立ったのは林卓人。実績も能力も申し分ない偉大なGKだ。増田はベンチスタート。ただ、増田の能力が低いわけではない。藤原GKコーチは「マスの場合は総合力でしょう。ポジショニングのよさと献身的なコーチングでチームに関わって、いい雰囲気を常に出している。穴もないです。ビルドアップもできるし、守備も粘り強くできる」と指摘している。

長崎ではJ1昇格に大きく貢献し、昨年は町田で経験を積んだ増田の実力への評価は高く、出場機会を求めれば手をあげるクラブも決して少なくない。だが、彼はまだ広島に戻ってくることが決まっていない頃から「いずれは広島に復帰したい」と語っていた。広島でプレーすることを常に目標としていた。

幼い頃からサンフレッチェに憧れ、故郷のクラブで活躍することを夢見ていた。広島皆実高で本格的にGKを始め、2年生からレギュラーに定着。メキメキと実力をつけ、流通経済大では1年生からレギュラー。ロンドン五輪アジア最終予選のメンバーにもなり、プロ入り前から実力は高く評価されていた。ただ、広島には日本代表GKの西川周作が君臨中。もし彼が「憧れと現実は別」と考える男であれば、出場機会を得られそうなクラブをもっと探したはずである。だが、増田は初心を曲げなかった。西川にあえて挑戦し、エディオンスタジアム広島のピッチに立つことを目標として掲げた。

その目標は常にぶれない。長崎・町田に期限付き移籍していた3年間も、心は常に広島にあった。その強い気持ちがあるからこそ、復帰してベンチに入れない日々が続いても、彼は冷静にトレーニングを続ける。札幌の夜だけでなく、日々のトレーニングでも居残って準備を重ねる。ここ最近、最後までピッチに残っているのは増田の場合が多い。

「今は連戦でもあるし、いつどんなことが起きるかわからない状況。常に自分がいい状態で、いつ試合に出てもいいパフォーマンスが出せるように対応していくことはサッカー選手として当たり前のこと。その当たり前のことをやっているだけですから」

生真面目すぎるほど生真面目に答えるのは、20代の頃と変わらない。

日々の練習が試合に出ると思っています。GKチームの4人で競争しながら連戦が続きますし、誰が出てもチームの勝利に貢献できるようなパフォーマンスを4人とも出せば、自ずとタイトルに近づく。そういう意識を持って個人的にも練習していきたい。その機会を掴めるよう、日々頑張っていきたい」

生真面目な男は、広島の青年としてもまた、生真面目だ。たとえば8月6日のこと。彼は札幌から広島への移動中に、8時15分(原爆投下の時刻)を迎えた。その時、彼はバスに乗っていたのだが、その時間には自然と目をつぶり、黙とうを捧げたという。それは幼い頃からずっと習慣として続けていることだ。

いろんなチームに行ってわかったことですが、こういう広島での取り組みは全国的には浸透していません。広島で育った自分にとって当たり前だったことが、違うところに行ってしまえば当たり前でなくなってしまう。そういう現実も、自分は伝えていきたいんです」

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