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【PRIDE OF HIROSHIMA】青山敏弘/今、そこにある静かな奇跡

今、彼は普通にトレーニングしている。シーズン再開後は全体練習を離脱したこともなく、疲労回復時以外は別メニュー調整もない。それどころか、居残り練習も積極的に続けている。

だから、つい勘違いしてしまう。青山敏弘はずっと、普通のコンディションだ、と。やれて当たり前だ、と。

去年のことを、多くの人々は忘れてしまっている。

1月のアジアカップ・対ウズベキスタン戦で青山敏弘は右膝の軟骨を損傷し、歩くのがやっとという状況で広島のキャンプに戻ってきたことを。現地のドクターに検査の画像を見せられ、「ダメだね」と言い切られてしまい、「そんなことはわかっているんだ。もう俺は選手としてはダメなんだ」と、半分以上、諦めていたことを。

実際、その時に彼の状態を観察した池田誠剛フィジカルコーチは、衝撃を受けていた。

「もちろん、アオ(青山)が復活してピッチでプレーしている姿を想像したかった。でも…………、とにかく相当に時間はかかることだけは、確かだったから。言葉をかけるにしても、何を言っても軽く聞こえるし……」

今でも、言葉をうまく繋げない。当時のことを思い返すと、経験豊富な池田コーチですら表情を曇らせてしまう。それほどの厳しい状態だった。

プロ2年目に前十字靱帯を切った時のように20代の若さであったとしても、膝などの関節まわりの重傷は選手の未来に大きく影響を与える。手術やリハビリの経過次第では、プレースタイルやクオリティが変化してしまうことすら、あるのだ。

例えば日本サッカーが生んだ最高の天才の一人・小野伸二(現琉球)は、1999年のシドニー五輪アジア予選でラフプレーを受けて左膝の靱帯を損傷してしまった。そこから長期離脱の後に復帰したのだが、そのケガの後は「何もイメージが浮かばなくなってしまった。(ケガをする前の状態に)戻ったことは1度もない」と小野は言う(「イメージが浮かばなくなった」小野伸二が語った「あの大ケガ」からサッカーの楽しさを取り戻すまで by REAL SPORTS)。

それほど、ケガは怖い。

まして、青山の年齢は昨年の時点で33歳。そこから果たして、厳しいリハビリを乗り越えていけるかどうか。それは多くの人々の心に疑念を残した。青山自身も例外ではない。

アジアカップが開催されていたUAEでの見立ては「手術は不可避」。しかし、手術をすればおそらく、彼の2019年シーズンは終わってしまう。そこまで、彼の気持ちが持ちこたえられる保証はなかった。青山にも自信はなかった。

「もちろん、復帰に向けて頑張りたい。だけど手術してそこから頑張るという、そういうことに対するメンタルは、もう壊れていたから、あの時は」

絶望。多くの人々がその沼に落ちてしまいそうだったが、この時点で唯一、幸運があった。その年から広島は池田コーチの勧めもあり、亀尾徹メディカルアドバイザーとの契約を結んでいたこと。スポーツに関わる理学療法のスペシャリストは、タイキャンプに同行していた。

青山を触診した後、亀尾アドバイザーは静かに言った。

「治る膝だ。大丈夫だから。手術ありきでかんがえなくていい。メスを入れる前にやることをやろう。それからでも、遅くない」

この言葉がどれほど、青山に勇気を与えたか。どれほど、広島のメディカルチームに燃えるものを与えたか。

「亀尾さんの存在は、本当に大きかった。僕にないものを持ってらっしゃる方だし、亀尾さんとのいいコミュニケーションの中でやれたことも大きかったですね」(池田コーチ)

青山は手術をしないことを決断し、その決断を受けてメディカルチームは総力をあげてリハビリに取り組んだ。

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