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永井龍「生死の境界線」/SIGMACLUB 12月号より抜粋

トラックでひかれた人と同じレベルの腎臓

 

永井龍はすがるように、ドクターに問うた。

「僕、死なないですよね」

返事が戻ってきた。

「頑張るから」

えっ。

嘘だろ。

俺、死ぬかもしれんのや。

手術を受けても、ダメかもしれんのや。

期待していた言葉は、違っていた。

「大丈夫だから。安心してください」

そう言ってくれるものだと、信じていた。

信じたかったと言うべきかもしれない。

しかし、ドクターの「頑張る」という言葉には、不安しかなかった。

厳しいとか難しいとか、そんな言葉を患者に言うはずもない。でも「大丈夫。任せてください」なんて楽観的な言葉もまた、言えないのだろう。

その時、永井は思い知った。

自分の生命が危ないんだ、と。

僕と一緒にドクターも頑張るしかないという、それほどのケガのレベルなんだ。

そこまで彼が追い詰められたのは、2015年8月29日、キンチョウスタジアムでの出来事が要因だ。

C大阪でプレーしていた永井はこの日、天皇杯1回戦・FC大阪戦に臨んだ。

前半に2失点と苦しい状況に追い込まれたC大阪は74分、永井がゴールを決めて1点差に追いすがる。しかし残念ながら、そのまま敗戦してしまった。

思わぬ格下チームへの敗戦に、選手たちは悄然。しかし永井の顔色が悪かったのは、敗退のショックだけではなかった。

大久保英毅トレーナーが「リョウ、顔色がすごく悪いぞ。唇の色も変色している。すぐに病院だ」と声をかけた。

思い当たる節はあった。確かに気分が悪く、脇腹が強烈に痛かった。

「あばら骨が折れたかもしれない。明日、病院に行くか」とは思っていた。

 69分頃、相手との接触プレーで後ろからドンと圧され、衝撃を感じていた。この時、相手の肘が脇腹に入っていたのだ。

実はこの時、傷めたのはあばら骨ではなく、腎臓だったのだ。

彼は腎臓を強烈に損傷し、穴があき、出血し、中の液も漏れていたのだ。

その状態で彼はゴールも決め、90分間、プレーを続けたのだ。

信じがたい。なんという気力。なんというプロ意識。

トレーナーに言われて病院に行き、レントゲン撮影。骨には異常がない。CT、そしてMRIと検査が続く。

結果は腎臓損傷。すぐに救急車で別の病院に移送され、すぐに集中治療室へ。

「あなたの腎臓は、トラックにひかれて死んだ人と同じレベル」

それが診断だった。ぞっとした。

もし、病院に行くのが遅れていたら、確実に彼の生命はなかったはずである。

大久保トレーナーが「今日中にCTを撮りにいこう。その方が安心できるだろう」と言わなかったら。

話を聞きながら、背中に冷や汗が出た。

手術はカテーテルを体内に入れて、ホイルで腎臓の表面を焼いて出血を止めるもの。手術は成功した。

集中治療室で過ごす日々。

苦しかった。痛かった。

麻酔を打っても、すぐに効果は切れる。痛すぎて痛すぎて、朝夜問わず、ナースコールを押した。

「痛み止めをお願いします」

注射を打ってもらわないと、とてもじゃないが平静ではいられない。

俺は、死ぬのか。いや、まだ死にたくない。生きてさえいれればいい。

やるべきことをまだ、やっていないじゃないか。まだ24歳なのに。ここまでのサッカー人生、思っていたのと違っていたじゃないか。

まだ、活躍もしていない。

生きたいんだ。生きなきゃいけないんだ。

その想いを支えてくれたのが、当時付き合っていた彼女だった。

集中治療室から出て普通病棟に移っても痛みはあり、ベッドで横になることもできない。

ベッドの角度をほぼ垂直にして、腎臓に体重がかからないようにしないと、とても痛くて寝られなかった。

眠るのに睡眠薬の助けを必要としていたし、ベッドの角度を寝かせたくても腎臓の負担がかかりすぎて眠ることもできない。生命への不安も消えなかった。

そんな日々、一人では戦えない。

好きな人の笑顔がなければ、戦えない。

彼女はいつも「大丈夫」と言ってくれた。

毎日病棟を訪れ、そばにいてくれた。

それだけで、永井は救われた。

 

新しい家族とともに、新しい人生を長崎から

 

筆者も同じような経験がある。

まだ会社員だった頃、ウイルスが脊髄に侵入して高熱が止まらず、入院した後もドクターから「合う抗生物質が見つからない」と言われた。

夜、意識朦朧となって気を失い、ドクターとナースがベッドを囲んでの緊急治療を受けたこともある。

食事もまともにとれず、杖なくしてトイレにもいけず、目が真っ赤に充血し、肝機能障害も見つかった。

その時、僕を救ってくれたのは妻だった。

1ヶ月の入院中、毎日泣いていたという彼女は、僕の前ではいつも笑ってくれていた。他愛もない話で、僕を笑わせてくれた。

それだけでどれだけ、救われたことか。生きる気力を導き出してくれたことか。

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