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サンフレッチェ広島レジーナ、歴史的な夜。

松原優菜にとっては一生、忘れられない試合となったかもしれない。

もちろん、WEリーグの開幕であり、サンフレッチェ広島レジーナにとっては史上初の公式戦である。その試合に先発しただけで、大きな思い出にはなる。だが、優菜にとってはそれ以上の意味を持つはずである。

1分、EL埼玉はGKからの長いボールを選択した。1トップに入っている荒川恵理子(国際Aマッチ72試合20得点を誇るベテラン)をターゲットにしたボールだ。

CBの優菜は、相手コート内にいた荒川に対してアタックにいく。だが、その守備が中途半端に終わってしまい、荒川は難なくボールをサイドに散らした。

ここからEL埼玉は狙っていた速攻を仕掛ける。左ウイングの吉田莉胡は19歳ながらこの記念すべきWEリーグ開幕戦に抜擢されただけあって、素晴らしいスピード。左サイドバックの又吉果奈との連係からカウンターを仕掛けた。

クロスは松原志歩がブロックしCKEL埼玉のキッカーは瀬戸口梢。ニアサイドにいいボールが入ってきた。飛び込んできたのは木下栞。彼女のマークは松原優菜。決して高さで負ける相手ではないのだが、先に身体を入れられた。近賀ゆかりがサポートに入ったが、ボールをすらされてしまった。

落下地点には荒川がいた。優菜、いい切り替えで荒川につこうとする。シュートブロックに入ったが、経験豊富な41歳のFWは、ここで浮き球を選択する。フワリとあがったボール。ヘディングしたのは山本絵美だ。国際Aマッチ22試合出場4得点。アメリカやイタリアでもプレー経験を持ち、ナポリでは18試合9得点という見事な成績を残したEL埼玉のキャプテン、渾身のヘッド。

あぶないっ。木稲瑠那の右手も届かない。

バーだ。

救われた。

だが、EL埼玉の攻撃は続く。

4分、右ウイングの祐村ひかるが素晴らしいアーリークロス。そこに走りこんできたのは逆サイドの吉田だ。シュート。木稲、正面でガッチリとキャッチ。しかし、もしトラップがうまくはまって吉田にもっと余裕ができていたなら、もっと違う状況に陥ったかもしれない。例えばフリーだった荒川へのパスを選択すれば、レジーナはもっと窮地に陥った。

4バックのバランスを崩してCBFWについていくのであれば、ポストプレーを簡単に許してはならない。荒川のヘッドが基点となったことで相手に速攻を許してしまったことは確かだが、その速攻自体は怖くはなかった。だが、もしEL埼玉に開幕戦の緊張がなかったら、もっと確実に優菜があけてしまったスペースをついてくる。東京NB、浦和、INAC神戸といったトップ3の相手であれば、果たしてどうだったか。

何よりも、この速攻によって相手にCKを与え、決定機をつくられてしまったこと。そしてリズムをEL埼玉に握られてしまったこと。これが問題だ。実際、この後の数分間、レジーナはらしくないミスがいくつも見られ、混乱した様子も見られた。4分に見られた吉田のシュートも、その混乱をつかれたものだ。

ただ、そこでレジーナは「立ち帰る場所」を忘れていなかった。それは何か。アグレッシブな攻撃的守備である。

5分、上野真実のパスをカットされ、EL埼玉の逆襲をくらいそうになる。この時、左サイドバックの木﨑あおいやアンカーの近賀ゆかりも高い位置に張り出していて、その裏をつかれればピンチになったシーンだ。だがここで中嶋淑乃が、その危険性がある中であえて、勇気を持ってアグレッシブに出る。タッチライン際でボールを引き取った山本に厳しくアタック、そしてボールを奪った。

ショートカウンター発動。得意のドリブルでPA内に侵入していく。

ここは相手がクリアに逃げた。だが、このプレーがレジーナに勇気を与える。相手スローインに対して川島はるながアタック、ボールを奪って中嶋とのワンツー。

川島、裏に出た。まるで柴﨑晃誠のように正確な技術を持つ7番は、素晴らしいクロスを中に送る。上野が前に出る動きでCBを引っ張り、あいたスペースに飛び込んだのは、増矢理花だ。

見事なボレー。決まったか。いや、ベテランGK船田麻友がしっかりと弾き出す。しかし、EL埼玉の方に1度傾きかけた流れを五分に引き戻す、千金の重みを持つプレーだった。

このチームの落ち着きが、レジーナの先発メンバー中最も若い、チームメイトにとってはやんちゃな妹的な存在である松原優菜にも、伝播する。最終ラインに落ちてビルドアップに参加した近賀の、何気ないパス。しかしこのパスに「優菜、思い切ってやっていいよ」というメッセージがこもっていたように見えた。

彼女のストロングは何か。

たとえば前述の荒川に対しての寄せだったら、左山桃子であればもっと確実に潰しただろう。優しい表情を見せる左山は、プレースタイルとすればまさにクラッシャー。前に出て相手を潰すプレーがストロングだ。

では、優菜には何を期待されていたのか。その答えが、次のプレーに出る。

強烈に右足を振り抜いた。ロングボールには見事なスピンがかかり、裏に走った立花葉に届けとボールは止まる。EL埼玉のサイドバック・有吉にカバーされたかのように見えたが、立花は優菜の素晴らしいキックを無駄にしまいとプレッシャーをかけた。このアグレッシブさは、間違いなくプレシーズンマッチよりも成長した部分。そしてその小さな成長が、大きなモノを動かしていく。

立花、激しいボディコンタクトからボールを奪った。PA内だ。近くには上野。だが彼女は二人に囲まれている。どうする。

バックパス。走ってきたのは増矢理花だ。シュートだっ。

「きっと私のところに来ると想っていました」(上野)

準備していた上野は、咄嗟にヒールシュートのアイディア。増矢のシュートコースに入っていた瀬野有希も、GK船田も、完全に意表をつかれた。

ポスト。そして中へ。

ゴール!!!サンフレッチェ広島レジーナの歴史に名前を刻む初ゴールは、エース・ストライカー=上野真実によって刻まれた。

エースに向かって増矢が抱きつき、川島、立花、松原志歩、近賀、木﨑と続く。そして基点となった優菜が笑顔で上野にハイタッチ。緊張からか小さなミスが続いていたスタメン最年少が、大きな自信を得たはずの瞬間だった。

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