SIGMACLUBweb

ミヒャエル・スキッベ監督独占インタビュー/このチームは、 攻撃的サッカーへのクオリティがある(SIGMAQCLUB2月号より抜粋)

若くして指導者の道に入った理由

 

……お忙しい中、インタビューに応じて下さり、ありがとうございます。

スキッベ●こちらこそ、ありがとう。私自身、指導者としてのキャリアはもう35年くらいになりますかね。ユースからクラブ、代表チームまで、幅広いカテゴリーの監督も務めてきましたし、その経験値を周りの人々に伝えていきたい。そのために、いろんな形があると思いますが、しっかりと人として接していきたいです。それは、チームに対しても同じことが言えると思います。

……監督はドイツの名門チームであるシャルケ04(かつて内田篤人がプレーしたクラブで創設は1904年)で少年の頃からサッカーをしていたと聞いています。シャルケ04はドイツの西部にある工業都市であるゲルゼンキルヒェンをホームとしていて、監督が生まれ育った街ですね。

スキッベ●そうですね。街自体はとても気に入っていますし、サッカーに集中できる環境でした。いい思い出しかありませんね。ユースの頃の私は将来を嘱望されていて、同年代としては成功を収めた一人だったと言っていいでしょう。ユース年代の代表チームにも呼ばれていて、キャプテンもやっていました。

同年代としては、アンドレアス・メラーやトーマス・ヘスラー(共に1990年代のドイツを代表するチャンスメイカー)、ボド・イルクナー(レアル・マドリードでも活躍した1990年代世界最高峰のGK)、カール・ハインツ・リードレ(ドイツ代表として42試合16得点をマークしたFW)といった1990年のワールドカップ優勝メンバーたちでした。そういう選手たちと、もしかしたら肩を並べて一緒にサッカーを続けられたかもしれないと思うことは時々、あります。残念ながらケガのため、私の選手としてのキャリアは短かったので、その希望は叶いませんでしたが、それもまた、いい思い出です。

私は20代前半から指導者となり、1998年には33歳でボルシア・ドルトムントの監督になります。その時の選手たちは、ユースの時、一緒にプレーしていた選手たちでした。ヘスラーやユルゲン・コーラー(90年代には世界最高のストッパーと呼ばれ、ドルトムントだけでなくユベントスでも活躍)といったかつて共にピッチでボールを追いかけた選手たちと、指導者と選手という関係でサッカーができた。それもまた、いい思い出です。

(残り 3746文字/全文: 4717文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック
« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ