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「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【この人を見よ!】vol.11 先が見えないから楽しい ~GK31 鈴木椋大~(2016/08/18)

191センチの長身を生かしたセービングが鈴木の持ち味だ。

191センチの長身を生かしたセービングが鈴木の持ち味だ。

「試合に出るためにやってきた。ゴールマウスに立ち、ヴェルディの力になりたい」。今季、横浜F・マリノスから東京ヴェルディへ期限付き移籍で加入した鈴木椋大は、所信表明をそう語った。
開幕時は右肩のけがで出遅れたが、J2第14節の清水エスパルス戦で初出場。以降、レギュラーの座をがっちりつかんでいる。自身の成長に手応えを感じつつ、課題と向き合う日々は、鈴木をどう変えていったのか。

■ようやく見出したキーパーの面白さ

たいして乗り気ではなく始めた、ゴールキーパーのポジションだった。

鈴木椋大は、父親が指導者として携わっていた、愛知県・豊川中部サッカー少年団でボールを蹴り始め、主にボランチかセンターバックでプレー。大会でPK戦になったときだけ、グローブをはめた。周囲より頭ひとつ抜けて大きかったサイズを買われ、PK専用キーパーとしてゴールマウスに立った。

「小5の頃かな。幼なじみのお父さんが別の少年団でキーパー専門の練習をやっていて、『よかったら来てみないか』と誘ってくれたんです」

世には慧眼の持ち主がいるものだ。幼なじみの父は鈴木が気乗りしないのは承知で、「ステップワークのトレーニングはフィールドプレーヤーとしても役立つよ」と巧みに導いた。

2004年、鈴木は名古屋グランパスエイトU12の新小6セレクションをキーパーとして受け、合格した。

「キーパーをやる気はあんまなかったんですけどね。なんの気なしに行って、受かっちゃったんですよ。少年団のコーチをやっていた父は手放したくない気持ちがあったようですが、僕はグランパスのネームヴァリューに惹かれ、すっかりその気になった」

ジュニアユース年代、鈴木が所属したのは名古屋グランパス三好U15だった。

「本家のグランパスU15には落とされ、昇格できなかったんです。それで、セカンドチーム的な位置づけの三好でプレーすることに。最初はグランパスから出てほかのクラブに行こうと思ったんですが、引き留めてくださる方もいて、僕の思いどおりには事が運びませんでした」

名古屋でGKコーチを務める伊藤裕二(90年代の名古屋を支えた名キーパー。現・中部大学第一高等学校サッカー部監督)は鈴木の能力を評価し、思い止まるように説得したという。

三好は、スクール生の受け皿となることを主眼に置くチームだった。そのため同じグランパスと名がついても、格下の扱いであり、ユニフォームの胸にはエンブレムもない。鈴木にとっては不本意だっただろうが、三好ですぐに試合で使われ、経験を積んだことがその後の歩みに大きな影響を及ぼす。

鈴木の活躍はJFAナショナルコーチングスタッフの目に留まり、エリートプログラムのトレーニングキャンプに招集された。そこで、キーパーの仕事にもようやくやりがいを見出した。

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