「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【この人を見よ!】vol.15 揺れ動いた先に ~DF3 井林章~(2016/11/17)

こんなはずではなかった、もどかしさに満ちた1年が終わろうとしている。守備の要にして、ゲームキャプテンを任される井林章。今季、東京ヴェルディは攻守の歯車がかみ合わず、浮上のきっかけをつかめないまま残留争いに巻き込まれた。
これまでは難なく防げていた場面で失点。守備陣が踏ん張ったゲームで点が取れない。その逆もあった。やがて自身のパフォーマンスに影を落とし、チームはさらなる苦境に陥った。この経験をうまく取り込めれば、井林は選手としてスケールアップできる可能性がある。

■揺れ動きの魅力

その顔が青ざめて見えた。10月19日、トレーニングが始まったばかりだというのに、井林は左ひざをアイシングでぐるぐる巻きにし、クラブハウスへと引き上げていった。

首位に立つ北海道コンサドーレ札幌戦は3日後。故障の程度にもよるが、はたして短期間でコンディションの回復が間に合うのか。井林の強張った表情が難しさを物語っていた。ごまかせる痛みであれば、この差し迫った状況でトレーニングを離脱しない。

札幌戦は井林に加え、中後雅喜も抜きのゲームとなった。だが、チームは逆境をものともせず勇敢に戦い、2‐1で首位撃破。難攻不落のアウェーの札幌から勝点3を持ち帰った。続く、愛媛FC戦、レノファ山口FC戦を引き分け、3試合で勝点5を上積みした。結果、ここで勝点を稼いだことによって、東京Vは降格の危機から脱した。

札幌戦の快勝について井林は、「チームのためには良かったですけど、内心は複雑ですよ」と振り返った。正直なところだろう。自身が不在の3試合でチームが見事に踏ん張り、結果を出した。この事実に揺れ動いているのが感じられ、僕にはそれが魅力的に映った。

いつだったか、女優の小泉今日子さんがお昼のテレビで話していたことを、僕はノートに書き留めている。

「うまいの先には、そんなに広い世界はないよ。揺れ動いているあなたが好き」

十年前、彼岸へと旅立った演出家・作家の久世光彦さんが、小泉さんにそう語りかけたそうだ。小泉さんにとって久世さんは、演技を叩き込んでくれた恩師である。

僕は久世さんではないし、井林は断じてキョンキョンであるはずがなく、サッカーと芸能の世界はまるっきり違うのだが、同じようなことを感じている。腕利きが集うプロの世界は、巧さや強さだけでは勝ち残れない。キャリアを歩み、それ以外の何かを発見した者だけがさらなる高みに到達できる。

あの井林が揺れ動いているなんて! 物事に対してドライで、合理的な思考ができ、いつも悠然と構えている井林が。本人は多少なりとも困っているはずで、愉快と言ったら失礼なのだが、可能性の広がりが感じられた。

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